荒俣宏

荒俣 宏あらまた ひろし
感どうする経済館プロデューサー
就任に際して公表された肖像写真
ペンネーム 団 精二だん せいじ
本野 虫太郎ほんの むしたろう
誕生 荒俣 宏あらまた ひろし
(1947-07-12) 1947年7月12日(76歳)
日本の旗 東京都台東区
職業 博物学研究家図像学研究家
小説家収集家神秘学研究家
妖怪評論家翻訳家タレント
言語 日本語
国籍 日本の旗 日本
教育 法学士慶應義塾大学
最終学歴 慶應義塾大学法学部卒業
活動期間 1970年 -
ジャンル 幻想小説伝奇小説SF小説
代表作帝都物語』(1985年
『世界大博物図鑑』(1987年
帝都幻談』(1997年
新帝都物語』(1999年
主な受賞歴 日本SF大賞1987年
サントリー学芸賞1989年
ナイスステップな研究者(2007年
水木十五堂賞2013年
キネマ旬報読者賞2014年
デビュー作 訳書としての処女作:
征服王コナン』(1970年
単著としての処女作:
『別世界通信』(1977年
配偶者 杉浦日向子(元妻)
荒俣泰子(妻)
親族 志村みどり(妹)
公式サイト 荒俣宏のオークション博物誌 - Yahoo!ブログ
ウィキポータル 文学
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(あらまた ひろし、1947年7月12日 -)は、日本博物学研究家図像学研究家小説家収集家神秘学研究家妖怪評論家翻訳家タレント。元玉川大学客員教授武蔵野美術大学造形学部客員教授、サイバー大学客員教授、京都国際マンガミュージアム館長、日本SF作家クラブ会員世界妖怪協会会員。

日本大学藝術学部芸術研究所教授なども歴任している。翻訳家としての筆名(だん せいじ)を用いていた。また、雑誌『BOOKMAN』における筆名に本野 虫太郎を用いていた。

概要[編集]

東京都出身。中学生にして平井呈一弟子入りし、平井と交流していた紀田順一郎を紹介されさらに兄事した。幻想小説怪奇小説に魅かれ、野村芳夫同人誌を発行するとともに、鏡明と国外作品の翻訳に取り組み、ハワード・フィリップス・ラヴクラフトロバート・E・ハワードらの作品を手掛けた。「英雄コナン」シリーズの翻訳を通じて、日本に初めてヒロイック・ファンタジーを紹介したことでも知られている。翻訳の過程で生み出された「魔道」や「魔道士」といった訳語は、のちに日本の幻想小説においても広く用いられるようになった。大学卒業後は日魯漁業(のちのマルハニチロ)でプログラマとして勤務する傍ら、旺盛な執筆活動を続けた。小説家として独立後、伝奇小説の「帝都物語」シリーズがベストセラーとなった。著作で陰陽道風水を取り上げたことから、それらが広く一般に認知されるきっかけとなった。また、博物学についても関心を持ち、「世界大博物図鑑」シリーズを完成させた。そのほか、神秘学民俗学などにも関心を持ち、特に妖怪研究では水木しげるに師事した。

来歴[編集]

生い立ち[編集]

元来は漫画家志望で、主に少女マンガを描いていた(『漫画と人生』に、萩尾望都ばりの幻想短編漫画が収録されている)。慶應義塾大学在学中、野村芳夫同人誌『リトル・ウィアード』を刊行した。さらに、紀田順一郎と『怪奇幻想の文学』の編集、翻訳、解説を担当するとともに、鏡明ヒロイック・ファンタジー翻訳活動を開始した。

1970年、日魯漁業(のちのマルハニチロ)に入社。同年、初の翻訳書となる『征服王コナン』を団精二名義(ロード・ダンセイニに由来)で刊行した。日魯漁業での勤務の傍ら、紀田順一郎と『幻想と怪奇』の編集に携わるとともに『世界幻想文学大系』の監修に携わった。1977年、初の著書である『別世界通信』を刊行した。

小説家として[編集]

2015年4月28日八重洲ブックセンターでの『サイエンス異人伝』刊行記念講演会にて

日魯漁業を退社後、平凡社の社屋に半ば住み着きつつ『世界大百科事典』の改訂版の編集に参加し、自らも記事、特に各項目の民俗的コスモロジーに関わる記述を執筆したが、同時期に書いた長編小説『帝都物語』が日本SF大賞を受賞し、一躍、小説家としての道を歩み始める。

世界大博物図鑑の資料として博物学の古書を購入し、1億4000万円の借金を背負うが、『帝都物語』により得た印税1億5000万円で返済する。この古書の図版を基に近代初頭の博物学の黄金時代を紹介する多くの手彩色博物学研究書を編集・出版。博物学書ブームを起こした。これらの博物学研究書の多くを平凡社から出版している。このライフワークから「博物学者」と呼ばれる機会が多いが、自ら自然物の収集を手がけて動植物、鉱物等の研究に携わるのではなく、黄金時代の博物学者の残した遺産を収集、研究の対象としている事を考えると、「博物学研究家」あるいは「博物学史学者」と呼ぶ方が的確であろう。名品・珍品収集の為に、ebayを始めとする世界中の様々な競売に参加している。サラリーマン時代、書籍や名品・珍品を購入する為食事は1日1食で(しかもインスタントラーメン)、出勤時に着用するスーツは10年間同じ物1着で通した。また毎日三食饅頭(まんじゅう)だけで過ごし健康を害しかかったこともよく知られる。

幼少期の夜逃げの記憶が今でもトラウマとなり、本人の心に深く影と傷を残している。夜逃げ生活の中でよく食べていた魚の缶詰を愛好しておりそれが縁で日魯に入社したという逸話もある。幼少の頃より長身で低身長の同学年のなかでも目立つため上級生によくいじめられた。それゆえ厭世的になり隠居に憧れたり、一般からは外れたマイナーなものに目が行く現在の素養ができた。子供時代より体格がよく恰幅もあったため、相撲部屋からのスカウトを受けた経験もある。

博識ぶりに裏打ちされた活動や、蒐集家としての活動はよく知られている。富士通のパソコンFM TOWNSのCMに本人役で出演したことがある。その博覧強記の人というイメージを生かしてマルチメディア電子図鑑への可能性をアピールする内容で、当時、同社のレギュラーCMタレントだった宮沢りえが図鑑の中の恐竜に扮する趣向であった。また、「博物学者、作家、評論家など、幅広い分野で活躍されるとともに、様々な資料等の蒐集を行われ、現代の『生き字引』にふさわしい博識でもって社会に貢献している」[1] との理由により、2013年2月2日水木十五堂賞を受賞している[2]

神秘学妖怪研究に於いては水木しげるに師事しており、培ってきた幅広く深い知識量は自身の著作に独特の持ち味を与えるほど。水木の漫画の中では、荒俣をモデルとした怪人物「アリャマタコリャマタ」が登場することがある。この「アリャマタコリャマタ」氏は、出版社に住み着いている作家・博物学者であり、神秘世界に通じ、タイ焼きが大好物。普段は人間の仮面を被っているが、その正体は三つ目の妖怪である、という設定がなされている。

各メディアに登場する機会も増え、自他共に「日本オカルト界に荒俣あり」と認められるまでになった(オカルト番組にも頻繁にキャスティングされる)。ただし、妖怪を含め、オカルト的・神秘的な事項に関しては、興味はあるが、その実在性には否定的立場である(この点で師である水木とは一線を画している)。ある番組で女性タレントが「私はUFOを見たことがあるんです」と発言したところ、「平田篤胤が天狗少年の寅吉を自宅に住まわせ、何年もその言動を観察した」という例を出し、「あなたをじっと何十年も観察すれば、その目撃証言が本当かどうかわかるかもしれません」と切り返した。

翻訳活動においては、活動初期にヒロイック・ファンタジーを中心に翻訳し、「魔道」「魔道士」「召喚」「追儺」といった造語を生み出した。

それまで、ごく一部の学者によって学術的に研究されるのみであった風水を、日本で一般向けに紹介し、ブームを生み出したのも荒俣である。

イベントの企画、プロデュースを手掛けることも多く、インターネット博覧会では編集長を務め、2005年日本国際博覧会ではグローバルハウスの監修を担当した。群馬県立自然史博物館での企画展示が評価され、2007年12月26日長谷川善和とともに科学技術政策研究所により「ナイスステップな研究者」の成果普及・理解増進部門にて顕彰されている[3]

人物[編集]

少年期から様々なジャンルに興味を持ち吸収、その多忙さから予習や復習などの学業に時間が割かれる事が煩わしくテスト一週間前に教科書を丸暗記して凌いだ 。

渾名(あだな)・筆名[編集]

渾名はマタンゴ

翻訳活動期に使用していた筆名団 精二があるが、これはイギリスの幻想作家ダンセイニ卿の名を捩ったものである。

趣味・嗜好[編集]

子供の頃の夢は隠居

幼い頃から海洋生物に興味を持っていた。現在も熱帯魚や死滅回遊魚(海流に乗って水温の低い地域まで流れて来たために冬を越せないで死滅する海水魚)の飼育が趣味。

ビブリオマニア(書籍収集マニア)である。本を買う為に消費者金融に頼った事もある(当時無職だった為融資は断られる)。今まで書籍に費やした費用は約5億円。現在でも毎日本を3 - 4冊読んでいる。また『帝都物語』のヒットによって得た印税1億数千万円のほとんどを古本収集に費やしたという桁外れのエピソードを持つ[4][5](本人曰く「古書店丸々一軒分の本を買うのが以前からの夢だった」とのこと)。なお、有名なパルプ・マガジンである「ウィアード・テイルズ」は、学生時代からずっとコレクションし続けているが、著書『パルプマガジン―娯楽小説の殿堂』(2001年)によると、その時点では、まだコンプリートにはなっていないとのこと。

極度の甘党としても知られており、「若い頃には深鍋に15杯分の汁粉を作って食べていた」「時間を惜しむあまり普通の食事をせず、代わりに編集者の持参するお菓子が主食状態となっていた」「中華料理屋に行っても杏仁豆腐しか食べない」等の逸話を持つ。夏目房之介は、デッドラインを迎えた荒又が女性編集者の自室を大量のアイスクリーム持参で深夜に訪問、手土産と思って冷蔵庫に入れようとするのを制し、机を借りて原稿を仕上げながら一人で完食し帰っていったエピソードをイラストで描いている(『夏目房之介の学問』)。

家族・親族[編集]

妹は漫画家の志村みどり。弟は メガロパ海洋生物研究所 所長の荒俣幸男。親戚に日本カイトフォトグラフィー協会の会長の室岡克孝がいる。 最初の妻は杉浦日向子。結婚当初は『美女と野獣』と比喩された。2人を知る知人は「男勝りな性格の杉浦と女性的な性格の荒俣はピッタリだ」と話したが、結婚生活は半年で破綻し、1年で離婚。 二番目の妻は元JAL客室乗務員だった一般人。妻は美的感覚が変わっており、子供の頃からイボガエルを「かわいい」と思っており、客室乗務員時代は高学歴で顔も良いエリートの乗客にこっそり電話番号を渡されても「好みじゃない」と平気で破り捨てていたという。荒俣と初対面した際に一目惚れし、「この人しかいない!」と猛アタックし、結婚。バラエティ番組で特集された際に、本人は「夫の顔は気持ち悪い。仕事も気持ち悪い。でもそこが大好き。一生ついていく」と満面の笑みで語った。

略歴[編集]

  • 1947年7月 - 東京都台東区鶯谷にて金属卸業の父一男、母ミツの長男として生まれる。
  • ミッション系幼稚園に入園。
  • 1952年 - 非鉄金属卸しの家業が傾いた為、一家揃って東京都板橋区夜逃げ。アパートの大家と雑貨屋を始める。
  • 1953年 - 弟、荒俣幸男誕生。
  • 1954年 - 板橋区立板橋第七小学校入学。
  • 1959年 - 2度目の夜逃げ。東京都練馬区へ移る。
  • 1960年 - 日本大学第二学園中学校入学。
    • 下町育ちのため江戸弁を使っており、山の手出身の友達に「おせぇてやるよ」と当たり前にしゃべって笑われたという[6]
    • 既に身長が180cmを超えていたため、相撲の花籠部屋から誘いが来た事がある。
    • 『世界恐怖小説全集』と出会い、同誌で翻訳を担当した中の一人、平井呈一に師事する。
  • 1963年 - 日本大学第二学園高等学校入学。
  • 1966年 - 私淑していた紀田順一郎の出身校である慶應義塾大学法学部に入学。
    • 在学中、野村芳夫と怪奇幻想文学についての同人誌『リトル・ウィアード』を刊行。
  • 1969年から、紀田順一郎とともに『怪奇幻想の文学』の編集・翻訳・解説を担当。
  • 1970年、- 鏡明とともにヒロイック・ファンタジーの翻訳活動を開始。
  • 1970年 - 日魯漁業(現在のマルハニチロ)入社。魚と触れ合う事を目的とした入社だったが、プログラマーとしての雇用だったため、9年で退社する(ただし、当時はコンピュータ黎明期で、電算室を一任されたSEとしての仕事も楽しかったと、後に語っている)。また、この年、団精二名義で、初の翻訳書『征服王コナン』(ロバート・E・ハワード著)を刊行。
    • サラリーマンとして働きつつ昼夜兼行で翻訳など学術にも精を出し、雑誌『幻想と怪奇』の編集に携わる。この頃は睡眠時間を2 - 3時間に削って時間を捻出していた。
  • 1975年 - 紀田順一郎との責任監修で、国書刊行会から『世界幻想文学大系』(全45巻)の刊行が始まる(1986年に完結)。また、伊藤典夫鏡明横田順彌と一緒に、初めての渡米。NSFIC(北米SF大会)に参加し、また、「ミスターSF」こと、フォレスト・J・アッカーマン宅を訪ねる。なお、鏡と荒俣はスペイン人に間違われた。また、一同でポルノ映画を観たのだが、よりにもよってそれはラス・メイヤー監督の「スーパー・ビクセン」だった。
  • 1977年 - 初の著書にして、幻想文学研究の定番的作品となった『別世界通信』を刊行。
  • 1979年 - 日魯漁業退社。埼玉県狭山市に引っ越す。
  • 1981年 -『理科系の文学誌』を刊行。異色の文学史、SF史として話題となる(のちに山形浩生は、この本に大きく影響を受けたと語っている)。
  • 1982年 -『大博物学時代』を刊行し、博物学の復権を訴える。この本以降は、従来の「幻想文学・SF関係の論者」から、踏み出した活動を始める。
  • 1985年 - 初の小説『帝都物語』シリーズを刊行開始。ベストセラーとなる。
  • 1986年 - 路上観察学会の設立に参加。
  • 1987年 - 平凡社から、ライフワークである『世界大博物図鑑』(5巻+別巻2巻)の刊行を開始(1994年完結)。
  • 1988年2月 - 路上観察学会で知り合った、漫画家杉浦日向子と結婚。「美女と野獣」と揶揄される。1箇月後に破局、半年後に離婚。
  • この頃、長年のファンであった水木しげる宅を訪問し、「弟子にしてください」と頼む。なお、水木も荒俣の『世界大博物図鑑』などを購入しており「すごいヤツがいる」と感嘆しており、「互いにファン」であった。のち、水木の漫画に荒俣が、「アリャマタコリャマタ」というキャラクターとして、頻繁に登場するようになる。
  • 1994年8月 - 元JAL客室乗務員の原泰子と再婚。彼女は以降、マネージャー役もつとめる、2009年には荒俣泰子名義で共著「ヨーロッパ・レンタカー旅行完全ガイド イタリア編」を刊行した。『風水先生 地相占術の驚異』を刊行し、のちの風水ブームに影響を与える。また、『漫画と人生』を刊行し、「図像学」的観点から、漫画における「絵」の位置づけ、由来などを論じた。
  • 1995年 - 水木しげるが設立した世界妖怪協会に入会。
  • 1996年8月 - 境港市において、世界妖怪協会主催の「世界妖怪会議」が開催され、参加する。
  • 1997年 - 第1回手塚治虫文化賞選考委員(第12回の2008年まで)。
  • 2005年11月から翌年にかけて、荒俣宏・京極夏彦プロデュースにより、「大(Oh!)水木しげる展 なまけものになりなさい」が開催される。
  • 2007年4月 - 武蔵野美術大学客員教授に就任。
  • 2009年12月 - レーシック手術を受け、視力1.2まで回復するが、公の場では伊達眼鏡を着用。
  • 2017年4月 - 京都国際マンガミュージアム館長に就任[7]

主な受賞歴[編集]

主な著書[編集]

著作[編集]

  • 「別世界通信」月刊ペン社 1977.5、ちくま文庫 1987、新編・イースト・プレス 2002
  • 『世界幻想作家事典』国書刊行会 1979.9
  • 「理科系の文学誌」(工作舎 1981年1月 ISBN 4-87502-065-1
  • 「大博物学時代―進化と超進化の夢」(工作舎 1982年12月 ISBN 4-87502-090-2
  • 『図鑑の博物誌』リブロポート 1984.3 のち集英社文庫
  • 「パラノイア創造史」(筑摩書房 1985年11月)のち文庫
  • 「本朝幻想文學縁起―震えて眠る子らのために」(工作舎 1985年12月)のち集英社文庫
  • 「99万年の叡智―近代非理性的運動史を解く」(平河出版社 1985年9月)
  • 『帝都物語』全10冊 角川書店・角川ノベルズ 1985 - 1987 のち文庫
  • 「図像観光―近代西洋版画を読む」(朝日新聞社 1986年11月)
  • 「目玉と脳の大冒険―博物学者たちの時代」(筑摩書房 1987年4月)のち文庫
  • 「異都発掘―新東京物語」(集英社文庫 1987年6月)
  • 『世界大博物図鑑』全5巻別巻2 平凡社、1987-94
  • 『絵のある本の歴史』平凡社、1987 「ブックス・ビューティフル」ちくま文庫
  • 「歌舞伎キャラクター事典」(新書館 1987年12月)のちPHP文庫
  • 『地球暗黒記』1 - 3 角川文庫、1988 - 1989
  • 『標の周辺』日本アイ・ビー・エム、1988 「「しるし」の百科」河出書房新社
  • 『ジンクス 恋愛・結婚篇』角川文庫、1988
  • 『ジンクス ギャンブル篇』角川文庫、1988
  • 「奇っ怪紳士録」(平凡社 1988)のちライブラリー
  • 『日本妖怪巡礼団』集英社、1989 のち文庫
  • 「広告図像の伝説―フクスケもカルピスも名作!」(平凡社 1989年8月)のちライブラリー
  • 『海覇王』角川書店、1989 のち文庫
  • 「帝都大戦」(角川書店 1989年9月)
  • 「帯をとくフクスケ―複製・偽物図像解読術」(中央公論社 1990年1月)のち文庫
  • 「花譜博覧」(平凡社 1990年4月)
  • 「黄金伝説 「近代成金たちの夢の跡」探訪記」 (集英社 1990年4月)のち文庫
  • 「ゑびす殺し」(徳間書店 1990年12月)のち文庫
  • 『花の王国』1 - 4 平凡社、1990
  • 『愛情生活白樺記』新潮社 1990.10 のち集英社文庫「白樺記」
  • 「開化異国(おつくに)助っ人奮戦記」(小学館 1991年2月)のちライブラリー
  • 「稀書自慢紙の極楽」(中央公論社 1991年9月)のち文庫
  • 『大東亜科学綺譚』筑摩書房 1991.5 のち文庫
  • 『解剖の美学』リブロポート 1991.9
  • 『開かずの間の冒険―日本全国お宝蔵めぐり』須田一政写真 平凡社 1991.11 のちライブラリー
  • 『荒俣宏の図像学入門』マドラ出版 1992.12 のち集英社文庫
  • 「図像探偵―眼で解く推理博覧会」(光文社文庫 1992年1月)
  • 「データベース夜明け前」(ジャストシステム 1992年10月)
  • 「なつかしのハワイ旅行」(マガジンハウス 1992年12月)
  • 「花空庭園」(平凡社 1992年7月)のちライブラリー
  • 『ブックライフ自由自在』太田出版 1992.6 のち集英社文庫
  • 『二色人の夜』角川ホラー文庫、1993
  • 「ビジネス裏極意」(マガジンハウス 1993年6月)のち集英社文庫
  • 「文明移動説 フェイク・アース・トラベラー」(集英社 1993年9月)
  • 「地球観光旅行―博物学の世紀」(角川選書 1993年11月)「想像力の地球紀行」文庫
  • 『ワタシnoイエ』角川ホラー文庫、1993
  • 荒俣宏コレクション』全17冊 集英社文庫、1994 - 1998
  • 『木精狩り』安井仁写真 文藝春秋 1994.4
  • 「図の劇場」(朝日新聞社 1994年7月)のち文庫
  • 「本読みまぼろし堂目録―店主推奨700冊ブックガイド」(工作舎 1994年7月 ISBN 4-87502-236-0
  • 「アクアリストの楽園」(角川書店 1994年10月)
  • 『新宿チャンスン』角川ホラー文庫、1995
  • 『ホア・ホア 南洋光彩紀行』小西康夫写真 新潮社 1995.1
  • 「屋根裏の読書虫―今宵の書林の水先案内」(ダイヤモンド社 1995年2月)
  • 「空想文学千一夜―いつか魔法のとけるまで」(工作舎 1995年2月)
  • 「機関(からくり)童子―帝都物語外伝」(角川文庫 1995年6月 ISBN 978-4041690284
  • 「夢の痕跡―20世紀科学のワンダーランドに遊ぶ」(講談社 1995年11月)
  • 「遠近術―CD-ROMによる荒俣宏の奇想天外な遠近法」(アスキー 1995年12月)
  • 「魔書―アントライオン」(メディアワークス 1996年1月)
  • 「VR冒険記―バーチャル・リアリティは夢か悪夢か」(ジャストシステム 1996年3月)
  • 『幻想皇帝 アレクサンドロス戦記』1 - 3 角川春樹事務所、1996-97「アレクサンダー戦記」文庫
  • 「ファッション画の歴史 肌か衣か」(平凡社 1996年12月)
  • 「ヨーロッパ・ホラー紀行ガイド」講談社 1996 「ヨーロッパホラー&ファンタジー・ガイド」+α文庫
  • 「決戦下のユートピア」文藝春秋 1996年8月 のち文庫
  • 『妖しの秘湯案内 アラマタ版』小学館 1996.12
  • 「TV博物誌」(小学館 1997年1月)
  • 「衛生博覧会を求めて」(ぶんか社 1997年6月)のち角川文庫
  • 「レックス・ムンディ」(集英社 1997年5月)のち文庫
  • 『闇吹く夏』角川書店、1997 のちホラー文庫
  • 「歌伝枕説」世界文化社 1998年10月)「「歌枕」謎ときの旅―歌われた幻想の地へ」光文社知恵の森文庫
  • 「20世紀雑誌の黄金時代」(平凡社 1998年10月)
  • 『アラマタ図像館』全6冊 小学館文庫、1998-99
  • 「江戸の快楽-下町抒情散歩」(文藝春秋 1999年5月)「江戸の醍醐味」光文社知恵の森文庫
  • 「花の図譜ワンダーランド」(八坂書房 1999年9月)
  • 「どおまん・せいまん奇談―鳥羽ミステリー紀行」(ゼスト 1999年10月)「絶の島事件」角川ホラー文庫
  • 「ホラー小説講義」(角川書店 1999年7月)
  • 「Girl Art―ピンナップの女神たち」(集英社 1999年6月)
  • 「万博とストリップ―知られざる二十世紀文化史」(集英社新書 2000年1月 ISBN 978-4087200119
  • 「風水先生「四門の謎」を解く」(世界文化社 2000年1月 ISBN 978-4418005031
  • 「アラマタ珍奇館―ヴンダーカマーの快楽」(集英社 2000年4月)
  • 「荒俣宏のデジタル新世界探検」(日本経済新聞社 2000年4月)
  • 「荒俣宏の「イーベイ」お宝コレクション術」(平凡社 2000年8月)
  • 年表で読む荒俣宏の博物探検史―あの珍種この珍種が発見された探検航海を年表で辿る」(平凡社 2000年9月)
  • 「アジアまぼろし画報―『ASIA』で見るニッポン」(平凡社 2000年9月)
  • 「セクシーガールの起原」朝日新聞社 2000年9月)
  • 「奇想の20世紀」(日本放送出版協会 2000年)のちライブラリー
  • プロレタリア文学はものすごい」(平凡社新書 2000年)
  • 「髪の文化史」(潮出版社 2000年)
  • 「夢々―陰陽師鬼談」(角川書店 2000年)のち文庫(改題「陰陽師鬼談 安倍晴明物語」)
  • 「パルプマガジン―娯楽小説の殿堂」(平凡社 2001年)
  • 陰陽師ロード―安倍晴明名所案内」(平凡社 2001年)
  • 「荒俣宏の20世紀世界ミステリー遺産」(集英社 2001年)のち祥伝社黄金文庫
  • 「読み忘れ三国志」(小学館 2002年)のち文庫
  • 「ヨコオ論タダノリ」(平凡社 2002年)
  • 「陰陽師―安倍晴明の末裔たち」(集英社新書 2002年)
  • 「イギリス魔界紀行―ハリーポッターの故郷へ」(NHK出版 2003年)のち角川文庫
  • 「想像力の地球旅行―荒俣宏の博物学入門」(角川書店 2004年)
  • 「男に生まれて―江戸鰹節商い始末」(朝日新聞社 2004年)のち文庫
  • 「荒俣宏の不思議歩記」(毎日新聞社 2004年)
  • 『妖怪大戦争』(角川書店 2005年)のち文庫
  • 『帝都幻談』文藝春秋、2007 のち文庫
  • 「新帝都物語 維新国生み篇」(角川書店 2007年)のち文庫
  • 「アラマタ大事典」(講談社 2007年)
  • 「磯魚ワンダー図鑑」(新書館 2007年)
  • フリーメイソン 「秘密」を抱えた謎の結社』〈角川ONEテーマ21〉2010年。ISBN 978-4-04-710227-9 
  • 『アラマタ美術誌』新書館、2010
  • 『0点主義 新しい知的生産の技術57』講談社 2012
  • 『すごい人のすごい話』イースト・プレス 2013
  • 『江戸の幽明 東京境界めぐり』2014 (朝日新書)
  • 『喰らう読書術 一番おもしろい本の読み方』ワニブックスPLUS 2014
  • 『サイエンス異人伝 科学が残した「夢の痕跡」』講談社 (ブルーバックス)2015
  • 『脳内異界美術誌 幻想と真相のはざま』KADOKAWA([怪BOOKS])2016
  • 『女流画家ゲアダ・ヴィーイナと「謎のモデル」 アール・デコのうもれた美女画』新書館 2016
  • 『お化けの愛し方 なぜ人は怪談が好きなのか』2017 (ポプラ新書)
  • 『ハゲの文化史』ポプラ新書 2018
  • 『アラマタヒロシの妖怪にされちゃったモノ事典』秀和システム 2019
  • 『妖怪少年の日々 アラマタ自伝』角川書店 2021
  • 小説妖怪大戦争 ガーディアンズ』角川文庫 2021
  • 妖怪は海にいる! ? アラマタ式 海の博物教室 偕成社(みんなの研究) 2022

共著[編集]

翻訳[編集]

著書集[編集]

翻訳集[編集]

編集[編集]

雑誌[編集]

その他[編集]

主なその他の活躍[編集]

映画[編集]

テレビ番組[編集]

出演初期は「奇人変人」扱いであったが、最近はテレビなれして、一見「普通の人」化しつつある。

CM[編集]

ゲーム[編集]

イベント[編集]

講演[編集]

漫画[編集]

  • 水木しげるの漫画作品 - 「アリャマタコリャマタ」として度々登場している。

WEB[編集]

インタビュー[編集]

対談[編集]

コラム[編集]

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

先代
養老孟司
京都国際マンガミュージアム
第2代館長
2017 - 現職
次代