ハイエナ

ハイエナ科
ブチハイエナ Crocuta crocuta
分類
ドメイン : 真核生物 Eukaryota
: 動物界 Animalia
: 脊索動物門 Chordata
亜門 : 脊椎動物亜門 Vertebrata
: 哺乳綱 Mammalia
: 食肉目 Carnivora
亜目 : ネコ型亜目 Feliformia
: ハイエナ科 Hyaenidae
学名
Hyaenidae Gray, 1821[1]
和名
ハイエナ科[2][3][4]
亜科
ブチハイエナの鳴き声

ハイエナ(鬣犬[5]: hyena)は、食肉目ハイエナ科(Hyaenidae)に属する動物の総称である。長い鼻面と長い足を持ち、イヌに似た姿をしているが、ジャコウネコ科に近縁である。

分布[編集]

コンゴ盆地およびサハラ砂漠を除くアフリカインド中東ネパール南部に分布する[6]

形態[編集]

現生の4種のうち、昆虫食のアードウルフを除く3種(真性ハイエナ)は、強力な頭骨と顎、食性に対応した消化器系を持つ[3][4]。これらによって、他の肉食動物が食べ残すような骨を噛み砕き、有機成分を消化吸収できる[3][4]。角、骨、蹄など消化できないものは、ペリットとして吐き戻す[3][4]

歯列門歯が上下3対ずつ、犬歯が上下1対ずつ、小臼歯が上顎4対・下顎3対、大臼歯が上下1対ずつの計34本であるが、アードウルフの成獣では一部が抜け落ちて24本まで減少することが多い[3][4]

趾の数は前後肢とも4本であるが[2]、アードウルフのみ前肢に5本の趾がある[3]指行性であり、爪を引っ込めることはできず[3]、木に登ることはできない[2]

生態[編集]

主にサバンナ低木林に生息するが[3][7]、林縁の砂漠・半乾燥地帯にも生息する[7]。夜行性で、日中は穴や岩の隙間などで休む[4]

中型のカッショクハイエナやシマハイエナは、狩りをするより腐肉を漁ることの方が多いため、ハイエナの一般的な印象「サバンナの掃除人」のもととなっている。

一方、ブチハイエナは、時速65kmを超える俊足と、並外れたスタミナとを併せ持つ優秀なハンターである。その食物には腐肉も含まれるものの、半分以上は自分たちで捕えたものであり、狩りで仕留めた獲物をライオンに横取りされる場合もある[8]。イギリスの生態学者 H.Kruuk の研究では、セレンゲティ国立公園のブチハイエナは、10-15頭の群れでヌーシマウマを狩ることが明らかにされている。他の動物が掘った巣穴に住み、巣穴の回りには動物の骨などが散乱している。

巣穴にある骨は非常食である。ハイエナは前述したように顎の力が強いため、食料が無い時にはこれらの骨で飢えを凌ぐ。ブチハイエナとカッショクハイエナの群れのリーダーはメスであり、メスのリーダーの長女が群れのリーダーを継ぐことが常識的になっている。そのため、オスは群れの中で順位が低い。

匂いによって腐肉などの餌を見つけたり、穴を掘るのが得意である[9]

ジャコウネコの近縁であるが、イヌ科に近い獲物を走って狩るような行動(Cursorial英語版)によって収斂進化した結果、イヌ科に近い形態学的特徴(チーターや犬のように出たままの爪など)を持つようになった。しかし、毛繕い、縄張りのマーキング方法、排便、交配方法などはネコ科の習性を継承している[10]

群れ
ブチハイエナは他のハイエナと違い、高い社会性を備えており、群れで行動する。また、他のハイエナも大きな獲物を相手にするときなどは集団になる[9]
寄生虫による行動変化
トキソプラズマに感染した一歳以下の子供はライオンなどが近寄った際に非感染の子供より接近を許す傾向が見られた[11]

系統と分類[編集]

ハイエナ科は、同じ食肉目のジャコウネコ科様の祖先から進化したと考えられる。その出現は比較的新しく、最古の化石はアフリカヨーロッパ中新世前期のものである。初期のジャコウネコに似た比較的小型の系統(イクティテリウム亜科)は鮮新世前期までに絶滅し、現在の系統(ハイエナ亜科)は、中新世後期に出現して現在に至っている。ハイエナ科のほとんどはアフリカとユーラシアに分布が限られるが、チャスモポーセテス属だけは鮮新世後期に北アメリカまで分布を広げていた[12]

Koepfli et al. (2006) が発表した分子系統解析では、ハイエナ科はマングース類およびフォッサとの姉妹群を形成するという結果が得られている[13]。(食肉目におけるハイエナ科の系統的位置は食肉目#系統を参照。)

ハイエナ科の内部系統は以下のとおり。(以下の分岐図はWerdelin & Solounias (1991)による形態形質による系統解析[14]にTurner et al. (2008)[15]によるアップデートを加えたもの。太字は現生種。)

ハイエナ科

Protictitherium

Plioviverrops

Tungurictis

Thalassictis

Tongxinictis

Proteles

Proteles cristatus アードウルフ

Proteles amplidentus

Ictitherium

Miohyaenotherium

Hyaenotherium

Lycyaena

Hyaenictis

Lycyaenops

Chasmaporthetes

Hyaeninae

Metahyaena confector

Palinhyaena reperta

Hyaenid sp. E Langebaar

Belbus beaumonti

Hyaena abronia

Hyaena hyaena シマハイエナ

Parahyaena howelli

Parahyaena brunnea カッショクハイエナ

Pliocrocuta perrieri

Pachycrocuta brevirostris ジャイアントハイエナ

Adcrocuta eximia

Allohyaena kadici

Crocuta crocuta ブチハイエナ   

Crocuta eturono

(砕骨性ハイエナ)
Hyaenidae


現生のハイエナ科には、2亜科3–4属4種が含まれる[1][4][6][7][13][16]

Crocuta crocuta ブチハイエナ Spotted hyena LC IUCN
別名マダラハイエナ[2]。赤道付近の熱帯雨林を除いたサハラ砂漠以南のアフリカに広く分布する。鳴き声が人間の笑い声に似ているため「笑いハイエナ Laughing Hyaena」の異名をもつ。その名の通り、灰色の身体に黒い斑点が特徴である。頭胴長95–165cm、体重40–86kgと、ハイエナ科では最も大型の種である[4]
メスには高い血中濃度のアンドロゲン(雄性ホルモン物質)ホルモンが保たれているため、哺乳類としては珍しくメスは平均してオスより一回り大きく、オスのペニスと同等以上のサイズにもなるクリトリスや、その根元にぶら下がる脂肪の塊が入った偽陰嚢を持ち、順位も攻撃性もメスの方が高い。
10-15頭程度のクラン (clan) と呼ばれる母系の群れを形成し、共同の巣穴で生活する。群れのメンバーが協力し、ヌーやシマウマ、トムソンガゼルなどを狩る。同じサイズの動物中、最も強力な顎を持ち、驚異的な早さで食物を平らげる。
Hyaena hyaena シマハイエナ Striped hyena NT IUCN
別名タテガミイヌ[2]。分布はサハラ砂漠以北のアフリカ北部・東部からアラビア半島までの中東、インド、ロシア南西部[要出典]に及ぶ。サハラ砂漠やアフリカの砂漠では見られず、草原や半砂漠に生息する。頭胴長100–120cm、体重25–55kg[4]。背に先端の黒い鬣を持ち、その名の通り、胴と四肢に多くの黒い縞を持つ。群れを形成せず、雄と雌は繁殖時だけ一緒になる。
Hyaena (Parahyaena) brunnea カッショクハイエナ Brown hyena NT IUCN
別名チャイロハイエナ[2]。シマハイエナと同属のHyaena brunneaとされるが[1][4][6]、独立したParahyaena brunneaとする説もある[7][13][16]。アフリカ南部(南アフリカ西部、ナミビア、ボツワナ、西・南ローデシア)に分布する。頭胴長110–140cm、体重35–50kg[4]。ブチハイエナと同様、母系の群れ(クラン)を形成し、共同の巣穴で生活する。ライオンなどの食べ残しや、病死した動物の死体を主食とする。
Proteles cristatus アードウルフ Aardwolf LC IUCN
別名ツチオオカミ[3][4]。他のハイエナ類とは大きく異なった形態や生態をもつ小型のハイエナ[4]。東及び北東アフリカと南アフリカに分断された分布域を持つ。頭胴長55–80cm、体重9–14kg[4]。華奢な頭骨と細い櫛状のを持ち、シロアリを主食とし、1晩に20万匹のシロアリを食べると言われる。一夫一婦の番をつくる。

ハイエナにまつわる逸話[編集]

民俗学[編集]

東アフリカでは、太陽を冷やし大地を温める動物として扱われるが、西アフリカでは、不道徳など悪いイメージで語られる。中東では、裏切りや愚かさの象徴とされる。アフリカなどでは狼男ではなく、人間に成りすますハイエナWerehyena英語版が知られる。タンザニアでは、魔女の乗り物とされる[17]。ほか、墓荒らし、魔女の馬などのイメージで語られる[18]

両性具有?[編集]

ハイエナは肛門腺が発達しており、これがしばしば女性器と見間違えられたため、長らく両性具有であると信じられてきた。古代ローマの博物学者プリニウスは、『博物誌』で「ハイエナは交尾をしなくても出産できる」と記している。このような、性がはっきりしないという迷信から、中世までのキリスト教では神を受け入れたかはっきりしない曖昧な人間の象徴として、ハイエナが用いられた。ただし、アリストテレスは著書『動物誌』で「両性具有は誤りである」と記している。

実際、ブチハイエナのメスの外性器は、外見上はオスのそれとほとんど区別がつかない。メスの外性器の各部分が偽の陰茎や陰嚢を形作っているため、野外で雌雄を明確に見分けるのは困難である。ハイエナが両性具有や、しばしばその性を転換すると考えられたのは、このためである。この現象は、ハイエナの胎児で高いアンドロゲン(雄性ホルモン物質)濃度が維持されるために起こるものであることがわかっている[注釈 1]

食性から[編集]

「死肉を漁る」という生態のイメージから、貪欲の象徴とされる[19]

ライオンやヒョウなどから数を頼りに横取りを行う(逆に奪われる場合もある)[20]ことから、横取りの代名詞とされる。そういった行動を人間社会にあてはめ、美味しい所だけ持っていく行動として、ハイエナの名が付けられている。

また「破綻した(あるいは破綻しそうな)組織や個人から利益を強奪する行為」や、「困窮している者に対し、初めは積極的に援助の手を差し伸べ、その状況から脱した後には見返りを強要する行為」などを起こす人間を総称して『ハイエナ』と称することがある。[要出典]この形容は同様の理由で、「ハゲタカ」とも言われる。

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ S.J.グールド『ニワトリの歯』11章を参照。

出典[編集]

  1. ^ a b c W. Christopher Wozencraft (2005). “Family Hyaenidae”. In Don E. Wilson & DeeAnn M. Reeder (editors). Mammal Species of the World. A Taxonomic and Geographic Reference (3rd ed.). Johns Hopkins University Press. pp. 572-573. http://www.departments.bucknell.edu/biology/resources/msw3/browse.asp?id=14000682 
  2. ^ a b c d e f 増井光子「ハイエナ科」『標準原色図鑑全集 20 動物 II』林壽郎著、保育社、1968年、54-56頁。 
  3. ^ a b c d e f g h i Philip R. K. Richardson, Simon K. Bearder 「ハイエナ科」平田久訳『動物大百科 1 食肉類』 今泉吉典監修、D.W.マクドナルド編、平凡社、1986年、170-175頁。
  4. ^ a b c d e f g h i j k l m n 川口幸男「ハイエナ科の分類」『世界の動物 分類と飼育2 〔食肉目〕』今泉吉典監修、東京動物園協会、1991年、119-123頁。 
  5. ^ 祖谷勝紀・渡辺公三. “「ハイエナ」の解説”. 日本大百科全書(ニッポニカ)(コトバンク). 2021年8月17日閲覧。
  6. ^ a b c Michael G. L. Mills, Simon K. Bearder, Philip R. K. Richardson (2009). “Hyena Family”. In David W. Macdonald (ed.). The Encyclopedia of Mammals (2nd Revised ed.). Oxford University Press. pp. 620-625 
  7. ^ a b c d Kay E. Holekamp & Joseph M. Kolowski (2009). “Family Hyaenidae (Hyenas)”. In Don E. Wilson, Russell A. Mittermeier (eds.). Handbook of the Mammals of the World. Volume 1: Carnivores. Lynx Edicions. pp. 234-260 
  8. ^ “悪役”ハイエナ 意外な素顔”. NHKスペシャル. 2014年8月3日閲覧。
  9. ^ a b Inc, mediagene (2016年3月29日). “ハイエナとオオカミが生き残るために一緒に生活?”. www.gizmodo.jp. 2022年4月9日閲覧。
  10. ^ Kruuk, Hans (1972). "The Spotted Hyena: A Study of Predation and Social Behaviour". University of California Press. P274
  11. ^ 寄生虫がハイエナを「操作」、ライオンに襲われやすくなると判明”. natgeo.nikkeibp.co.jp. 2022年4月9日閲覧。
  12. ^ 冨田幸光、伊藤丙雄、岡本泰子『新版 絶滅哺乳類図鑑』丸善出版、2011年1月30日、111頁。ISBN 978-4-621-08290-4 
  13. ^ a b c Klaus-Peter Koepfli, Susan M. Jenks, Eduardo Eizirik, Tannaz Zahirpour, Blaire Van Valkenburgh, Robert K. Wayne (2006). “Molecular systematics of the Hyaenidae: Relationships of a relictual lineage resolved by a molecular supermatrix”. Molecular Phylogenetics and Evolution 38 (3): 603-620. doi:10.1016/j.ympev.2005.10.017. 
  14. ^ Werdelin, L.; Solounias, Nikos (1991). “The Hyaenidae: taxonomy, systematics and evolution.”. Fossils and Strata 30: 1–104. http://foreninger.uio.no/ngf/FOS/pdfs/F&S_30.pdf. 
  15. ^ Turner, Alan; Antón, Mauricio; Werdelin, Lars (2008). “Taxonomy and evolutionary patterns in the fossil Hyaenidae of Europe”. Geobios 41 (5): 677–687. doi:10.1016/j.geobios.2008.01.001. 
  16. ^ a b Lars Werdelin & Nikos Solounias, “The Hyaenidae: taxonomy, systematics and evolution,” Fossils and Strata, No. 30, Scandinavian University Press, 1991, Pages 1–104. https://doi.org/10.18261/8200374815-1991-01.
  17. ^ Frembgen, Jürgen W. The Magicality of the Hyena: Beliefs and Practices in West and South Asia, Asian Folklore Studies, Volume 57, 1998: 331–344
  18. ^ ハイエナは邪悪? 5つの都市伝説を検証する”. natgeo.nikkeibp.co.jp. 2022年6月25日閲覧。
  19. ^ 荒俣宏 世界大百科事典『ハイエナ』 平凡社(1998年-2003年)
  20. ^ 【動画】リカオンvsハイエナ 集団で横取り闘争”. natgeo.nikkeibp.co.jp. 2022年4月9日閲覧。
  21. ^ ハイエナとは - タクシー用語 Weblio辞書 taxisite, 2018年7月28日閲覧。

外部リンク[編集]