1977年の読売ジャイアンツ

1977年の読売ジャイアンツ
成績
日本シリーズ敗退
日本S 1勝4敗(対阪急[1]
セントラル・リーグ優勝
80勝46敗4分 勝率.635[2]
本拠地
都市 東京都文京区
球場 後楽園球場
球団組織
オーナー 正力亨
経営母体 読売新聞社
監督 長嶋茂雄
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1977年の読売ジャイアンツでは、1977年における読売ジャイアンツの動向をまとめる。

この年の読売ジャイアンツは、長嶋茂雄監督の3年目のシーズンである。

概要[編集]

中日との開幕戦を王貞治の満塁本塁打で快勝したチームは開幕4連勝、さらに4月13日から8連勝をマーク。連勝中の19日に阪神との直接対決を制し首位に立つと、以後一度も首位を明け渡さず独走状態となり、王がハンク・アーロンの通算本塁打数に並んだ8月31日の時点で2位ヤクルトに12ゲーム差を付け、ファンの関心はペナントよりも王の「世界記録更新」に集中した。そして9月3日、王はヤクルト戦で通算756号本塁打を放ち「通算本塁打世界新記録」を達成。チームは移動日の9月23日にリーグ2連覇が決定、最終的にヤクルトに15ゲーム差を付ける圧勝だった。この年2位のヤクルトには19勝7敗と大きく勝ち越し、中日には17勝8敗1分と貯金34のうち21を両球団から稼いだ。日本シリーズは2年連続で上田利治監督率いる阪急との対戦となったが、第4戦で簑田浩二の好走塁をきっかけに逆転負けを喫し流れを失うと、翌日の第5戦も落とし1勝4敗で敗退、またも阪急の軍門に下った。投手陣は10年目の新浦壽夫が先発・抑え兼任で防御率1位と最高勝率を、5年目の小林繁が沢村賞を、倉田誠との交換でヤクルトから移籍の浅野啓司は中継ぎの柱としてカムバック賞をそれぞれ受賞した。

チーム成績[編集]

レギュラーシーズン[編集]

開幕オーダー[3]
1 柴田勲
2 土井正三
3 張本勲
4 王貞治
5 高田繁
6 柳田真宏
7 河埜和正
8 吉田孝司
9 堀内恒夫
1977年セントラル・リーグ順位変動
順位 4月終了時 5月終了時 6月終了時 7月終了時 8月終了時 9月終了時 最終成績
1位 巨人 -- 巨人 -- 巨人 -- 巨人 -- 巨人 -- 巨人 -- 巨人 --
2位 阪神 3.5 阪神 4.5 ヤクルト 5.0 ヤクルト 7.5 ヤクルト 12.0 ヤクルト 13.0 ヤクルト 15.0
3位 大洋 4.5 大洋 6.0 阪神 5.5 阪神 7.5 阪神 15.5 中日 17.5 中日 15.5
4位 ヤクルト ヤクルト 7.0 大洋 8.5 大洋 11.0 中日 16.0 阪神 21.0 阪神 21.0
5位 中日 8.5 中日 9.0 中日 12.5 中日 16.0 大洋 18.0 大洋 22.0 広島 25.0
6位 広島 9.0 広島 9.5 広島 13.5 広島 18.0 広島 19.5 広島 25.5 大洋 25.5


1977年セントラル・リーグ最終成績
順位 球団 勝率
1位 読売ジャイアンツ 80 46 4 .635 優勝
2位 ヤクルトスワローズ 62 58 10 .517 15.0
3位 中日ドラゴンズ 64 61 5 .512 15.5
4位 阪神タイガース 55 63 12 .466 21.0
5位 広島東洋カープ 51 67 12 .432 25.0
6位 大洋ホエールズ 51 68 11 .429 25.5

日本シリーズ[編集]

1977年 日本シリーズ
日付 試合 ビジター球団(先攻) スコア ホーム球団(後攻) 開催球場
10月22日(土) 第1戦 読売ジャイアンツ 2 - 7 阪急ブレーブス 阪急西宮球場
10月23日(日) 第2戦 読売ジャイアンツ 0 - 3 阪急ブレーブス
10月24日(月) 移動日
10月25日(火) 第3戦 阪急ブレーブス 2 - 5 読売ジャイアンツ 後楽園球場
10月26日(水) 第4戦 阪急ブレーブス 5 - 2 読売ジャイアンツ
10月27日(木) 第5戦 阪急ブレーブス 6 - 3 読売ジャイアンツ
優勝:阪急ブレーブス(3年連続3回目)

[1]

オールスターゲーム1977[編集]

  • 選出選手及びスタッフ
ポジション 名前 選出回数
監督 長嶋茂雄
投手 小林繁 2
新浦寿夫 2
捕手 吉田孝司 2
一塁手 王貞治 18
三塁手 高田繁 8
遊撃手 河埜和正
外野手 柳田真宏
柴田勲 11
張本勲 18
  • 太字はファン投票で選ばれた選手。取消線は出場辞退した選手。

できごと[編集]

選手・スタッフ[編集]

[7]

表彰選手[編集]

小林繁(投手、初受賞)
王貞治(一塁手、16年連続16度目)
堀内恒夫(投手、6年連続6度目)
王貞治(一塁手、6年連続6度目)
高田繁(三塁手、2年連続2度目[注 1]
柴田勲(外野手、2年連続5度目)

ドラフト[編集]

順位 選手名 ポジション 所属 結果
1位 山倉和博 捕手 早稲田大学 入団
2位 木下透 投手 和歌山・田辺高 入団
3位 曽田康二 投手 日本通運 拒否
4位 鈴木伸良 投手 名古屋電気高 入団
5位 鈴木康友 内野手 天理高 入団
6位 島本啓次郎 外野手 法政大学 入団

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 外野手部門で4度受賞しており、通算6度目。

出典[編集]

  1. ^ a b 1977年度日本シリーズ”. 日本野球機構. 2016年5月30日閲覧。
  2. ^ 年度別成績 1977年 セントラル・リーグ”. 日本野球機構. 2016年5月30日閲覧。
  3. ^ 『読売新聞』1977年4月3日付朝刊、14版、17面
  4. ^ 読売新聞1977年9月4日1面「王 ついに世界最高 アーロン抜く756号」読売新聞縮刷版1977年9月p107
  5. ^ 【9月3日】1977年(昭52) 王、世界新756号本塁打 1球をめぐるそれぞれの物語”. 日めくりプロ野球. スポーツニッポン新聞社 (2007年8月20日). 2015年12月11日閲覧。
  6. ^ 読売新聞1977年9月4日17面「巨人・張本が1500打点」読売新聞縮刷版1977年9月p123
  7. ^ 読売巨人軍公式HP 背番号変遷”. 読売ジャイアンツ. 2016年5月30日閲覧。