酸味

梅干しを見ると、その酸味を想像するだけで唾液が溢れてくる。

酸味(さんみ、sourness)とは、味覚のうちの一つで、一般に「すっぱい」と形容されるものを指す。

代表的な酸味としては梅干のすっぱさやヨーグルトのすっぱさがある。レモン果汁、食酢クエン酸乳酸などには、酸味を感じさせる働きがある。酸味を感じさせるための食品添加物を「酸味料」などと呼称する。

酸味の食品[編集]

代表的な酸味としては梅干のすっぱさやヨーグルトのすっぱさがある。レモン果汁、食酢、クエン酸、乳酸などには、酸味を感じさせる働きがある。酸味を感じさせるための食品添加物を「酸味料」などと呼称する。

酸味物質[編集]

酸味を感じさせる物質だけであると言われている[1]。酸物質の種類によって、酸味の強さだけではなく味わい(「おだやか」「爽快」「刺激的」[2]等)も異なる。食品の種類によって「合う」酸・「合わない」酸が異なるが、この嗜好は食経験による影響も大きい[3]

酸以外による酸味への影響[編集]

甘味物質を加えたら酸味が弱まる[4]食塩を少量加えると酸味が強調されるが、多量の食塩だと塩辛さが勝つ[5]、などの報告例がある。 ミラクルフルーツは、すっぱい食物に甘味を加える[1]:(64)10

呼称・表現[編集]

英語のワイン用語で酸味や酸の味をあらわす言葉は"tartness"、"sourness"、"acidic taste"など複数ある。

受容機構[編集]

味は甘味塩味苦味、酸味、旨味、の5基本味に大別され、さらにこれらはそれぞれ異なる味細胞受容される。例えば甘味受容体はT1R2/T1R3、旨味受容体はT1R1T1R3、苦味受容体はヒトでは25種類あるT2Rと呼ばれるGタンパク質共役型受容体が担い、II型細胞に発現する[6]

酸味に関してもその受容機構が解明されつつあり、III型細胞は酸に反応 (生理学)するため酸味受容細胞と考えられる。III型細胞にはイオンチャネル型受容体PKD2L1が発現し、PKD2L1発現細胞を特異的にジフテリア毒素により死滅させたマウスでの実験では、酸味刺激に対する味神経応答がなくなったことなどから、PKD2L1発現細胞が酸味受容体であることが判明した。PKD2L1は、葉状乳頭、有郭乳頭でPKD1L3分子と共発現する。この2つは相互作用により味細胞の先端部に局在する。また、両分子のヘテロマーPKD1L3/PKD2L1が酸応答性を持つことも培養細胞での実験で判明している。しかし、現状では酸味受容機構の全体像が解明されているわけではなく、酸味受容体の機能を担う分子がPKD2L1以外に存在することも十分あり得る[6]

酸味物質がなくなると反応する機構もある[7]

定量化[編集]

心理的な酸味の強さを数字であらわす(定量化する)官能評価はたびたび試みられている。評価方法や単位に法定の規格はない。

酸味と物理量との対応[編集]

酸性のものがすっぱい[1]:59。そのため、酸性が強い(水素イオン濃度が高い、つまりpHが低い)ほど酸味が強いと思われがちだが、実際にはpHの大小と酸味の強さは必ずしも対応しない[8]。個々の酸物質に限ってみると、酸物質の濃度(通称「酸度」あるいは「滴定酸度」)のほうが酸味と関連が強い[9]

マグニチュード推定法という官能評価手法では、被験者に複数種類の濃度の酸溶液を味見させて「AはBの何倍の酸味と感じるか」の数値を記述させる。この数値を計算処理した結果得られた酸味の値Sと酸の濃度Cとの間は、 というべき乗の関係で近似できたとの報告がある[10]。 測定値の例(濃度Cの単位がmol/Lの場合):

乳酸 n=0.84, k=165.2[10]:372 T2
酒石酸 n=0.82, k=274.0[10]:372 T2
クエン酸(無水物) n=0.72, k=201.0[10]:372 T2
イタコン酸 n=1.03, k=706.0[10]:372 T2
実験した24種類の酸の平均 n=0.85[10]:372 T2

べき指数nの意味は、実際の濃度変化に対して感覚的に酸味がどの程度変化するか。n=1なら濃度変化と同じに感じ、1未満なら感覚的変化が鈍い。たとえばn=0.85なら、濃度Cが10倍になったのに感覚的な酸味は倍にしか感じない、という意味。酸の種類によってnが異なるということは、ヒトの感覚系は酸の種類によって反応のしかたが異なるということである。

係数kのおおまかな意味は、二種類の酸物質を仮に1 mol/L溶液同士で比較した場合には、kが大きい酸ほど酸味が強いはず(ただし実際には1 mol/Lは口にするには高濃度すぎる)。1 mol/L以外の濃度ではこのような単純比較はできず、Sを計算する必要がある。

なお、一見すると化学的な量と酸味の強さとの関係のように見えるグラフでも、実際には酸味の強さではなくて単に別の物質の濃度との関係をあらわしているだけのものがある(例: [1]:(59)5 図5,[11]:728 F2,[12]:66 2図)。これらの調査結果からは「濃度が何倍になると酸味が何倍強く感じられるか」はわからないので注意。

簡易判定[編集]

酸の濃度(滴定酸度)よりもpHのほうが測定は容易なため、農業や食品工業分野では個々の品目特有のpH対酸味の相関を分析して、品質判定をpH測定値だけで代用する研究がなされている(例: 温州ミカン[13])。pH以外の各種物理量による品質判定も研究されている。

味覚センサ[編集]

味覚の受容体を模倣した複数種類の味覚センサにより、pHや酸濃度よりも実感覚に近い数値群が得られたとする報告がある [14] [15]

酸物質同士の酸味の強さの比較[編集]

閾値[編集]

酸味の閾値 (threshold)とは、ぎりぎり酸味が感じられる薄さ(濃度)のことである。測定が難しく、報告の食い違いが大きい[11]。閾値pH[6]、閾値モル濃度[11]、閾値規定濃度[16]、いずれも酸物質によって異なり、酸の化学構造との規則性も単純ではない[16]

また、閾値の大小と高濃度での酸味の強弱は必ずしも対応しない。つまり、酸物質Aが酸物質Bより閾値が低いからといって、どの濃度でもAの酸味がBより強く感じるとは限らない[11]

相対的使用量[編集]

ぎりぎりの薄さ(閾値)ではなくて、もっと濃い濃度("suprathreshold"[11]、「閾上での呈味力」)で酸物質同士の酸味の強さを比較した値を"relative sourness"(相対的酸味というような意味)という。調べたい酸物質Aの濃度x水溶液と、クエン酸濃度y水溶液のどちらの酸味が強いかを味見で比較させる。同じ酸味になるはずの量に補間した値を「クエン酸と比較した酸物質Aの相対的な使用量はである」という[11][12]

複数種類の酸を混合したときの酸味の比較実験もなされている[12]:67 T8

なお、これらの調査結果からは「濃度が何倍になると酸味が何倍強く感じられるか」はわからない。

酸味度[編集]

相対的使用量の逆数酸味度と呼ぶことがある[17]。「酸味度」とは称しても酸味の強さをあらわす指標ではなくて、酸味物質同士の使用量の比較でしかない(「クエン酸100としたときのその酸の酸味の強さ」ではない)。

その酸の濃度を100としたとき、クエン酸濃度いくらと同じ酸味の強さか
出典 古川1969 [12]:67 7表7 から換算 古川1969 [12]:67 7表7 から無水クエン酸相当に修正して換算 Pangborn1963 [11]:728 T2 から換算 古川1969 (小曾戸1967から算出) [12]:67 7表9 を換算
クエン酸 100 (一水和物) 100 (無水物) 100 (無水物)
酒石酸 141-147 129-135 111-129 120-130
フマル酸 180-185 164-169 - 149-179
リンゴ酸 127-138 116-126 - 120-130
コハク酸 112-116 103-106 - -
乳酸 91-96 83-88 111-125 111-120
アスコルビン酸 46-48 42-44 - 40-50
酢酸 116-140 106-128 118-129 100
グルコン酸 29-35 27-32 - 50

出典[編集]

  1. ^ a b c d 栗原, 堅三「味覚の分子生理学」(pdf)『生物物理』第11巻第2号、1971年、55-66頁、doi:10.2142/biophys.11.55 
  2. ^ 前田, 清一、中尾, 俊「各種酸類の酸味について (第1報) - 味覚試験による閾値の測定」『家政学雑誌』第14巻第3号、日本家政学会、1963年、149-154頁、doi:10.11428/jhej1951.14.149NAID 130003867894 
    • 「第1報」とあるが、第2報は存在しない。
  3. ^ 多山, 賢二、住田, 初美、岡本, 洋子「グルコン酸含有調理品の嗜好性および高濃度グルコン酸発酵液の調製」『日本食生活学会誌』第22巻第3号、日本食生活学会、2011年、241-249頁、doi:10.2740/jisdh.22.241NAID 130004493861 
  4. ^ 浜島, 教子「味の相互関係について (第4報) - 甘味と酸味の関係」(pdf)『家政学雑誌』第28巻第4号、日本家政学会、1977年、282-286頁、doi:10.11428/jhej1951.28.282 
  5. ^ 浜島, 教子「味の相互関係について (第2報) - 塩から味と酸味の関係」(pdf)『家政学雑誌』第27巻第4号、日本家政学会、1976年、255-261頁、doi:10.11428/jhej1951.27.255 
  6. ^ a b c 石井翔(株式会社ミツカングループ本社中央研究所研究員)「バイオミディア - 酸味を感じる仕組み」(pdf)『生物工学会誌』第90巻第5号、日本生物工学会、2012年、255頁。  巻号目次
  7. ^ 稲田, 仁 (2009年6月6日). “(プレスリリース) レモンが唾液でジワっと「酸っぱい!」の不思議を解明 -酸味と唾液の"舌"奇妙な関係-”. 生理学研究所. 2020年8月12日閲覧。
  8. ^ Harvey, R. B. (4 1920). “The relation between the total acidity, the concentration of the hydrogen ion, and the taste of acid solutions” (英語) (pdf). 米国化学会誌(Journal of the American Chemical Society) 42 (4): 712-714. doi:10.1021/ja01449a005.  (抄録より抄訳: 数種類の果実で実験した結果、品種ごとに酸味の強弱があるにもかかわらず、どの品種もpHは大差なかった。)
  9. ^ Lewis, Douglas R. (1948). “Psychological Scales of Taste” (英語). en:The Journal of Psychology - Interdisciplinary and Applied (Taylor & Francis) 26 (2): 437-446. doi:10.1080/00223980.1948.9917417. 
  10. ^ a b c d e f Moskowitz, Howard R. (1971-05-01). “Ratio scales of acid sourness” (英語) (pdf). Perception & Psychophysics (Psychonomic Society (心理科学協会)) 9. doi:10.3758/BF03212670. https://link.springer.com/content/pdf/10.3758/BF03212670.pdf. 
    • 酸の濃度と官能評価値("magnitude of relative sourness"(マグニチュード推定法), "apparent sourness")を対応付けた。
    • 当時の著者および被験者の所属はアメリカ陸軍
    • 調査した酸は24種類の有機酸。酢酸は調査に含まれていない。
    • Table 2:glutaric acid(グルタル酸)およびphytic acid(フィチン酸)はmolar interceptとpercentage interceptでは計算結果が一桁食い違う(矛盾)。
  11. ^ a b c d e f g Pangborn, Rose Marie (1963). “Relative Taste Intensities of Selected Sugars and Organic Acids” (英語). en:Journal of Food Science (Institute of Food Technologists) 28 (6). doi:10.1111/j.1365-2621.1963.tb01680.x. 
    • クエン酸は無水物(分子量192.1)を使用。
  12. ^ a b c d e f 古川, 秀子、佐宗, 初美、前田, 清一、二宮, 恒彦「有機酸の呈味について - (第1報)食添有機酸9種類のP.S.E.測定」(pdf)『日本食品工業学会誌』第16巻第2号、日本食品化学工学会、1969年、63-68頁、doi:10.3136/nskkk1962.16.63NAID 130003966462 
    • 「第1報」とあるが、第2報は存在しない。
    • 「酸味度」という語は使っておらず、「(主観的等価値(point of subjective equality (P.S.E.))による)酸味のつよさ」という言い方をしている。
    • 使用したクエン酸は無水物か水和物か不記載だが分子量210としており、一水和物(分子量210.1)と一致する(クエン酸無水物は分子量192.1のため不一致)。しかし第7表で(Pangborn 1963)の無水クエン酸基準値と、誤って1:1で対比させてしまっている。無水クエン酸基準で比較するには本研究値を210.1/192.1倍する必要がある。
    • 第7表で(Pangborn 1963)から数値幅として引用しているが、元論文の最大値はもっと大きい項目もあるため誤解のもとである。
  13. ^ 飯野, 久栄、小曾戸, 和夫「温州ミカンの食味評価(第3報) - 嗜好ならびに抜取検査法の統計的考察」(pdf)『園芸学会雑誌』第46巻第4号、園芸学会、1978年、548-554頁、doi:10.2503/jjshs.46.548 
  14. ^ 都甲, 潔特集:味と匂いのセンシング 2.味覚センサの新展開」『電気化学及び工業物理化学』第62巻第3号、電気化学会、1994年、201-20 6、doi:10.5796/electrochemistry.62.201NAID 130007707418  (8chセンサの応答例。p204:「似た味では似たパターンを示す」。p203:「抑制効果や相乗効果などを再現できた」。酸味の強さの応答特性は不記載。)
  15. ^ 都甲, 潔「味とにおいを数値化するセンサの開発」(pdf)『日本醸造協会誌』第111巻第2号、日本醸造協会、2016年、86-94頁、doi:10.6013/jbrewsocjapan.111.86  (p90:味覚センサの閾値はヒトの閾値と近い。p90:濃度応答特性が対数の領域がある。)
  16. ^ a b 多田, ひろみ、小林, 昇、岡本, 奨「有機酸の化学構造と酸味閾値との関係について」『栄養と食糧』第25巻第2号、日本栄養・食糧学会、1972年、83-88頁、doi:10.4327/jsnfs1949.25.83 
  17. ^ 永井, 照和「グルコン酸およびその塩類の特徴・機能について」『ミツバチ科学』第22巻第4号、玉川大学ミツバチ科学研究所、2001年12月30日、171-174頁、NAID 1200068686792020年8月17日閲覧 , hdl:11078/856
    • p172 表2「グルコン酸と各種有機酸の呈味比較(古川ら,1969)」とある。しかし(古川 1969)の数値から逆数換算している。本表にある酸味の記述は(古川 1969)には無い。