車中泊

車中泊(しゃちゅうはく)は、自動車または電車内で夜を過ごすこと[1]

「車中泊」の定義は団体や媒体などでばらつきがあり定まっていないが、本項目では多くの媒体で解されている「通常移動手段として用いている自動車や鉄道車両宿泊施設の代替として用いてそこで就寝する」事例[2]について記すこととし、車内での一時的な休憩仮眠、あるいは車両自体が固定されており宿泊施設として取り扱われているもの(SLホテル列車ホテルなど)については本項目では取り扱わない。

言語[編集]

日本語に関しては定義のとおり。初出は不明。

英語(事実上の国際共通語)では、"stay in a vehicle" [3]が、おおよそながら対訳語といってよい。また、"spending the night in a vehicle" という言い回しは「(陸上輸送用の)乗り物の中で一晩を過ごすこと」、すなわち「車中泊」という意味になる[3][4]。"vehicle(ヴィークル)" は「陸上の輸送用の、車輪がついた乗り物」全般を表す語[5]であるため、この部分を各種の乗り物を表す語 (train, car, my car, bus, etc.) に換えることで特定化できる[3]

中国語では「在車上過夜簡体字在车上过夜[注釈 1]」といい、英語と同様、「」は「火車和訳:汽車)」「電車和訳:電車)」「汽車和訳:自動車)」「公共汽車和訳:乗合自動車)」などに置き換え可能。

概要[編集]

大別すると、「自動車(自家用車・大型トラックなど)を駐車スペースに停めて、その車内で就寝する」ものと、「移動中の公共交通機関(列車・夜行バスなど)の車内で就寝する」ものに分けられる。

前者の場合は、自家用車の場合は基本的には駐車場などに駐車して行われている。自動車での車中泊は、自動車での旅行や、災害などで住居を失った場合の車上生活などの形態として見られる。

後者の場合は、ほぼ同等のものに、船で旅をしつつ船内で泊まること、つまり「船内泊」や、飛行機で旅をしつつ飛行機内で泊まること、つまり「機内泊」などがある。なお、列車が事故や災害などで運行休止を余儀なくされ、道中の駅または線路上に停車中の車内で一夜を明かすことも「車中泊」と表現することがある[6]

自動車[編集]

旅行行程での車中泊[編集]

自身が所有する自家用車乗用車ワンボックスカーステーションワゴンなど)に寝具を用意し、或いはあらかじめ寝具がセットされたキャンピングカーの車内で就寝するものである。

旅行等での行程上の車中泊にはメリットとデメリットがある[7]

メリット
  • 1日の時間を有効利用できる[7]
  • 宿泊費を節約できる[7]
  • 柔軟にスケジュールを組み立てることができる[7]
  • 渋滞など混雑を回避しやすい[7]
デメリット
  • ぐっすりと眠れず快適な睡眠をとりにくい人もいる[7]
  • 設備面(トイレ等)が十分とは言えない場合がある[7]
  • 寒暖の点で対策が必要である[7]
  • 人数が多い場合は不向きである[7]

自家用車の場合、シートを倒すなどして車内に水平面をつくり、そこに布団や寝袋などの寝具を置いて就寝する。外光が入り込まないように窓ガラスにシートなどで目隠しをすること、車内灯具を用意することも推奨される[8]

車中泊のために車両を停める場所として想定されうるのが一般道路上の道の駅や高速道路上のサービスエリア (SA)・パーキングエリア (PA)、あるいは専用に整備されたオートキャンプ場などである[8]が、そもそも道の駅やSA・PAで認められているのはあくまでも「(安全運転のための)仮眠、もしくは長時間の休憩」のみであり[9]、そこで車中泊を行うことは「仮眠の延長」程度までであれば認められているともいえる[9][10]ものの、道の駅やSA・PAなどで明確に宿泊を目的とした駐車(日中にまたがる長時間の駐車や連泊、駐車枠を複数台分使用した駐車など)あるいは施設を利用した炊事やゴミ・汚水の処理などを行うことは、施設管理者や周囲の車両とのトラブルの原因ともなり、マナー違反とされている[10]。実際、国土交通省道路局の「道の相談室」では、「『道の駅』駐車場での車中泊は可能ですか?」との問いに対し「駐車場など公共空間で宿泊目的の利用はご遠慮いただいています」と明言している[11]。こういった状況を受け、キャンピングカーに関する活動を行っている一般社団法人日本RV協会では、連泊など長期滞在を容認し、電源やトイレ、ゴミ処理施設などが整備された駐車スペースを「RVパーク」として認定する活動を行っている[12]

災害時の車中泊[編集]

災害時に家屋損傷などの理由で自宅での寝泊まりが困難になった場合、やむを得ず自家用車で車中泊を行うことがある。かねてより家屋損傷が大規模に発生した地震災害(阪神・淡路大震災新潟県中越地震など)の際にも見られたが、災害対策基本法においては避難の形態としての車中泊は想定されていなかった。

しかし2016年(平成28年)の熊本地震の際、余震の継続を理由に自宅に被害がなくとも避難した住民が殺到したこと[注釈 2]、さらには避難所の耐震性への不安やプライバシーの問題などから半ばやむを得ず車中泊を選択するものが少なからずおり、長期間の車中泊を続ける人たちの中に静脈血栓塞栓症(エコノミークラス症候群)が多発し[注釈 3]、それに起因するとみられる死亡者(震災関連死)が発生して社会問題とされた[15][16]

これについて、衆議院議員の井坂信彦の提出した質問主意書に対する政府答弁書(平成28年6月7日受領答弁第309号)においでは、災害時に自動車内に(車中泊により)避難した者を「車中避難者」と位置づけ、災害対策基本法第86条の7の「やむを得ない理由により避難所に滞在することができない被災者」に該当するとして、同法に基づき必要な生活関連物資の配布、保健医療サービスの提供、情報の提供その他これらの者の生活環境の整備に必要な措置を講ずるよう努めなければならないとの見解を示している[17]。これと前後して、政府では車中避難者に対する新たな指針などを策定する検討に入った[18]

日産自動車オーテックジャパンは車中泊避難やレジャーなどの需要に対応する為、NV200バネットをベースとした車中泊仕様車を発売、2020年2月にはミニバン5代目セレナをベースとした車両を発売した[19]

2020年に入ると、新型コロナウイルス感染症の拡大により、避難所での「3つの密」への不安から車中泊による避難が注目されており[20]、実際に車中泊による避難を想定した訓練も行われている[21]

鉄道[編集]

列車の寝台での車中泊/アメリカ南西部の鉄道旅行を宣伝する1939年のパンフレットに掲載された写真。
通常の座席で車中泊をする人々/アメリカ北西部の列車内にて、1974年撮影。

日本[編集]

日本語では、夜行列車の乗客が、鉄道車両の客車の座席または寝台で寝泊まりすることも「車中泊」という。言葉の普及についてはともかくも、行われる事柄としては、交通史に照らせばこちらのほうが早い。

日本において、旧国鉄時代「修学旅行集約輸送臨時列車」が設定されていた頃には、運輸省(現・国土交通省)により修学旅行における鉄道利用において「車中泊は一泊に限る」という制約が設けられていたようである。なお、昭和天皇は、第二次世界大戦後混乱期の最中にあった1946年(昭和21年)から復興期に入った1955年(昭和30年)までの足掛け9年に亘って全国各地を巡幸しているが、これによって昭和天皇は車中泊を行った最初の天皇となった。

のちの時代ほどには高速道路網および高速バスがまだまだ発達しきっていなかった1970年代から1980年代にかけては、日本国内で夜行列車が盛んに運用されていたが、学生を中心とした若い鉄道ファンが宿代節約の域を超えて意図的に夜行列車の連続車中泊記録を競うことがあり、当時発売されていた「有効期間が長く、広域で急行列車乗り放題」の周遊券(均一周遊乗車券)を利用して「10連泊、15連泊は当たり前」という過酷な旅を行っていた。その極致と言える最長記録は、当時大阪府豊中市に在住していた男性が、1985年(昭和60年)4月5日から同年11月13日までかけて日本各地を周遊して達成した「222連泊」である[22][注釈 4]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 拼音は[zàichēshàngguò〈日本語音写例:ヅァィチゥーシァングゥオイエ〉]
  2. ^ 熊本県が実施した県民アンケートの結果によると、自宅被害やインフラ被害がなかった避難者(869人)のうち、約6割(528人)が「自動車の中」に最も長く避難したと回答している[13]
  3. ^ この場合、レジャーとしての車中泊とは異なり、運転席や助手席などでの着座姿勢のまま、背もたれだけ倒して就寝の姿勢を確保する者が多数見られた。対策としては、水分補給と適度な運動、塩分摂取は控えることなどが指摘されている[14]
  4. ^ 実行者は1981年(昭和56年)に自己の達成した記録の108連泊を更新するため、会社を退職して記録作りに挑んだという[22]。費用は当時で100万円近くにおよび、その一部は同好者による後援会のカンパで賄われた[22]

出典[編集]

  1. ^ 車中泊(しゃちゅうはく) の意味”. goo辞書(小学館デジタル大辞泉). 2020年7月21日閲覧。
  2. ^ 例えば
  3. ^ a b c Rina (2016年6月19日). “車中泊って英語でなんて言うの?”. DMM英会話. DMM. 2019年11月22日閲覧。
  4. ^ 車中泊”. Weblio和英辞書. Weblio. 2019年11月22日閲覧。 “対訳: spending the night in a car, train, bus, etc.”
  5. ^ vehicle”. 英辞郎 on the WEB. EDP. 2019年11月22日閲覧。
  6. ^ 一例として、“台風21号、交通機関に運休や遅れ 新幹線車中泊の人も”. 日本経済新聞. (2017年10月23日). https://www.nikkei.com/article/DGXMZO22575290T21C17A0CC0000/ 2020年7月23日閲覧。 
  7. ^ a b c d e f g h i 武内 2006, p. 7.
  8. ^ a b 初めての車中泊 ~基本知識編~”. GAZOO (2020年3月25日). 2020年7月23日閲覧。
  9. ^ a b みんなが車中泊する場所は? 各車中泊場所の特徴と注意点”. SOTOBIRA by カーネル (2019年2月4日). 2020年8月10日閲覧。
  10. ^ a b 永田恵一 (2020年6月20日). “流行がゆえにトラブルや違反も多発! 車中泊でやってはいけない行為5つ”. WEB CARTOP. 2020年7月23日閲覧。
  11. ^ 質問 「道の駅」駐車場での車中泊は可能ですか?”. 道の相談室. 2020年7月23日閲覧。
  12. ^ RVパーク 施設リスト”. くるま旅. 日本RV協会. 2020年7月23日閲覧。
  13. ^ 熊本地震被災者アンケートの分析結果に基づく熊本地震における住民の避難理由と避難期間 (PDF) - 内閣府防災担当
  14. ^ 車中泊エコノミー症候群、水分補給と適度な運動で防ぐ 熊本地震4年」『西日本新聞西日本新聞社、2020年4月14日。2020年7月24日閲覧。
  15. ^ 避難、なお11万7000人 熊本空港一部再開」『日本経済新聞日本経済新聞社、2017年12月19日。2019年11月22日閲覧。
  16. ^ エコノミー症候群、多発 車中泊の女性死亡、18人訴え 熊本地震 死者47人、避難なお9.5万人」『朝日新聞デジタル朝日新聞社、2017年12月20日。2019年11月22日閲覧。
  17. ^ 答弁本文情報 衆議院議員井坂信彦君提出「車中泊」を前提とした防災計画に関する質問に対する答弁書(平成二十八年六月七日受領 答弁第三〇九号)”. 衆議院. 2020年7月24日閲覧。
  18. ^ 熊本地震 「車中泊避難」で指針 政府が策定検討」『毎日新聞毎日新聞社、2016年5月12日。2019年11月22日閲覧。
  19. ^ 車中泊仕様のセレナ「マルチベッド」を発売』(プレスリリース)日産自動車株式会社、2020年2月10日https://global.nissannews.com/ja-JP/releases/release-2ba28fe2e31ff43dc2bfd3bc2900171d-200210-01-j2020年2月10日閲覧 
  20. ^ 避難所の3密不安…車中泊は大丈夫?専門家は別のリスク指摘 - 西日本新聞 2020年6月8日
  21. ^ 「車中泊もコロナ対策、高知の避難所で訓練」『日本経済新聞』日本経済新聞社、2020年6月8日。2020年7月24日閲覧。
  22. ^ a b c 種村 2014 [要ページ番号]

参考文献[編集]

  • 武内隆 監修 編『超実用! 車中泊入門―クルマの中で快適に寝るためのノウハウを満載!』地球丸、2006年2月1日。ISBN 4-86067-108-2OCLC 675294787 ISBN 978-4-86067-108-2
  • 種村直樹『鉄道旅行術』(新版)自由国民社、2014年4月10日。ISBN 4-426-11754-2OCLC 876547693 ISBN 978-4-426-11754-2
  • 「事故ファイル「過レーシング 車内での仮眠が火災を引き起こす」」『JAF Mate』2008年7月号、一般社団法人日本自動車連盟 (JAF)、2008年6月。 

関連文献[編集]

  • 『カーネル vol.1―車中泊を楽しむ雑誌 これが私の車中泊 これが私の車中泊 海に、山に、食べ歩きに…夏休み&秋の行楽シーズンをとことん楽しむ! 地球丸〈CHIKYU-MARU MOOK〉、2008年6月1日。ISBN 4-86067-197-XOCLC 233685385 ISBN 978-4-86067-197-6
  • 『カーネル vol.2―車中泊を楽しむ雑誌 車中泊まるわかりテクニック はじめての車中泊を成功させるための親切ガイド! 』地球丸〈CHIKYU-MARU MOOK〉、2008年12月1日。ISBN 4-86067-219-4OCLC 294937624 ISBN 978-4-86067-219-5
  • 『カーネル vol.3―車中泊を楽しむ雑誌 保存版! 車中泊の楽しみ方  ベテランから初心者へ。車中泊を楽しく快適にするための実用情報を満載! 』地球丸〈CHIKYU-MARU MOOK〉、2009年6月1日。ISBN 4-86067-239-9OCLC 674563153 ISBN 978-4-86067-239-3
  • 武内隆『車中泊を楽しむ─気ままな旅を楽しめる車での寝泊まりをより快適にするためのヒント』地球丸〈Outdoor handbook 29〉、2005年5月27日。ISBN 4-86067-055-8OCLC 170006291 ISBN 978-4-86067-055-9

関連項目[編集]

外部リンク[編集]