竹内絢子 (子爵夫人)
絢子女王 | |
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久邇宮家、竹内家 | |
続柄 | 久邇宮朝彦親王第5王女 |
身位 | 女王 →降嫁 |
敬称 | 殿下 →降嫁 |
出生 | 1872年 日本 |
死去 | 1946年7月26日(74歳没) 日本 |
配偶者 | 竹内惟忠子爵 |
子女 | |
父親 | 久邇宮朝彦親王 |
母親 | 泉萬喜子 |
竹内絢子(たけのうち あやこ、1872年5月31日〈明治5年4月26日[1]〉 - 1946年〈昭和21年〉7月26日[1])は、子爵・竹内惟忠の妻。久邇宮朝彦親王の五女。母は泉萬喜子。香淳皇后は姪、第125代天皇・明仁や常陸宮正仁親王は大甥にあたる。竹内惟忠に降嫁した。
血縁[編集]
久邇宮家とその親族[編集]
竹内家[編集]
『平成新修旧華族家系大成』下巻, pp. 37–38を参照。
脚注[編集]
- ^ a b 『平成新修旧華族家系大成』下巻, p. 37.