田辺一鶴

田辺たなべ 一鶴いっかく
田辺(たなべ) 一鶴(いっかく)
田辺 一鶴
本名 佐久間 秀雄
別名 ひげの先生
生年月日 1929年2月9日
没年月日 (2009-12-22) 2009年12月22日(80歳没)
出身地 日本の旗 日本東京都
死没地 日本の旗 日本東京都
師匠 12代目田辺南鶴
活動内容 講談師
所属 講談協会
主な作品
東京オリンピック
水木しげる物語
イチロー物語
高橋尚子物語
備考
講談協会常任理事
講談協会幹事

田辺 一鶴(たなべ いっかく 1929年昭和4年)2月9日 - 2009年平成21年)12月22日)は、講談協会所属の講談師、同協会常任理事、監事。東京都出身。本名は佐久間 秀雄[1]

人物[編集]

顎と鼻の下に長く伸びた白いひげが特徴。「ひげの先生」で知られる。

主に新作講談を演じる。1964年、全てのオリンピック参加国名を読み上げる『東京オリンピック』で売れ、若年層にもファンを広げる[1][2][3]2001年ロサンゼルスにて口演した『イチロー物語』は高い評価を受け、以後4年連続で渡米する[3]。他にも『高橋尚子物語』、旧友でもある水木しげるの『水木しげる物語』等がある。水木のアパートに居候をしながら、水木の仕事を手伝っていた。

2005年まで33年間、江戸川区平井に芸能関係の書籍のみを置いた古書店「イッカク書店」を開いていた。

趣味は将棋でアマ五段[3]

2009年12月22日7時、肺炎のため東京都内の病院で死去。80歳没[2]

来歴[編集]

出演番組[編集]

ディスコグラフィー[編集]

  • ポークサラダ兄ィ/一鶴のある愛の詩(1972年、RCAレコード)
A面はトニー・ジョー・ホワイトポーク・サラダ・アニー」の、B面はフランシス・レイある愛の詩」のカバー

弟子[編集]

系図
田辺一鶴
 
田辺鶴生
 
 
 
 
 
 
 
桃川鶴女[注 1]
 
田ノ中星之助[注 2]
 
 
 
 
 
 
 
田辺南北
 
 
 
 
 
 
田辺鶴英
 
田辺銀冶
 
 
 
 
 
 
 
田辺一邑
 
田辺凌鶴
 
田辺凌天
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
田辺一乃
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
田辺いちか
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
田辺一記
 

色物[編集]

移籍[編集]

独立[編集]

廃業[編集]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 現在は一鶴一門を離れている。講談師としての活動は継続しており、講談協会にも所属している。
  2. ^ 現在は鶴女一門を離れている。講談師としての活動は継続しており、講談協会にも所属している。

出典[編集]

  1. ^ a b 講談協会オフィシャルウェブサイト:田辺一鶴”. 講談協会. 2010年3月8日閲覧。
  2. ^ a b 油井雅和 (2010年3月3日). “田辺一鶴さん:講談師:肺炎のため昨年12月22日死去80歳”. 毎日新聞: p. 13版、23面 
  3. ^ a b c d 田辺一鶴プロフィール - ウェイバックマシン(2009年5月19日アーカイブ分)

外部リンク[編集]