球形の荒野

球形の荒野
作者 松本清張
日本の旗 日本
言語 日本語
ジャンル 長編小説
発表形態 雑誌連載
初出情報
初出オール讀物1960年1月号 - 1961年12月号
出版元 文藝春秋新社
挿絵 佐藤泰治 / 三芳悌吉
刊本情報
刊行 『球形の荒野』
出版元 文藝春秋新社
出版年月日 1962年1月15日
装幀 佐野繁次郎
ウィキポータル 文学 ポータル 書物
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球形の荒野』(きゅうけいのこうや)は、松本清張の長編推理小説。『オール讀物』に連載(1960年1月号 - 1961年12月号、連載時の挿絵は佐藤泰治・三芳悌吉)、1962年1月に文藝春秋新社から刊行された。

「もはや戦後ではない」と言われた時代に、「第二次世界大戦の亡霊」ともいうべき一人の男を登場させ、それに伴う波紋と、揺れ動く家族の心情を描く、ロマンティック・ミステリー。

1975年松竹で映画化、また8度テレビドラマ化されている。

あらすじ[編集]

昭和36年のこと、奈良の唐招提寺を訪ねた芦村節子は、その芳名帳に、大戦中に外交官であった亡き叔父・野上顕一郎に相似した筆跡を発見する。名前は違っていたが、懐かしさを覚えた節子は、夫の亮一や野上未亡人・孝子にこの件を話す。彼らは野上顕一郎の死亡は確認されているとして取り合わなかったが、孝子の娘・久美子のボーイフレンドである添田彰一は、野上顕一郎の死亡前後の事情を調べてみようと試みる。しかし、当時の関係者は一様に冷淡な反応を示し、村尾課長は「ウィンストン・チャーチルに訊け」との謎めいた言葉で添田を煙に巻く。

ところが間もなく、当時の公使館関係者の一人が、世田谷で絞殺死体となり発見された。さらに、野上久美子の行く場所で、拳銃狙撃などの怪事件が相次ぐ。久美子も添田も、一連の事件に見えない糸が張りめぐらされているのを感じていた。やがて、終戦間際の公使館に端を発する悲劇が、徐々にその貌を現わしていく。

主な登場人物[編集]

小説冒頭の舞台となる唐招提寺(写真は金堂)
小説ラストの舞台となる観音崎周辺

原作における設定を記述。

野上久美子
野上顕一郎の娘。古風な躾で育てられてきた。父の関係もあり役所に勤めている。23歳。
添田彰一
R新聞政治部の記者。事件に関与する中で、久美子の将来のパートナーとして親族にも認められていく。
野上孝子
久美子の母。夫を喪ったが現在まで再婚せずに通している。
芦村節子
久美子の従姉。叔父・顕一郎の影響で、古い寺に興味を持っている。
芦村亮一
節子の夫。東京のT大学助教授。
滝良精
大戦中に特派員としてヨーロッパに駐在していた。現在は世界文化交流連盟の常任理事。
村尾芳生
大戦中にスイス公使館外交官補の地位にあり、現在は外務省欧亜局の課長。
筒井源三郎
品川近くにある筒井屋旅館の主人。
伊東忠介
大戦中にスイス公使館付武官陸軍中佐の地位にあり、現在は大和郡山市で雑貨商を営む。
笹島恭三
洋画家。滝良精を通じて、久美子にデッサンのモデルとなるよう依頼する。
鈴木警部補
東京で発生した事件に疑問を抱き、京都・南禅寺に謎の呼び出しを受けた久美子に同行しようとする。
ヴァンネード
夫人を伴ってフランスから来日した白髪の外国人。久美子の眼には東洋風の顔つきと映る。
野上顕一郎
第二次大戦中、スイス公使館の一等書記官を務めるが、終戦前に過労で死亡したと伝えられる。

エピソード[編集]

  • 古い寺が好きで、小説家となる以前から、奈良や京都を歩いていた著者は、寺の白い壁や古い柱に書かれた多くの落書きを見掛けていた。その落書きが古くなってくると、落書きの当人にとって思い出になるのではないかと思い、中年の人妻がかつての落書きを見て過去の恋愛を偲ぶというストーリーを浮かべた。この案自体はボツとなったが、その変形を本作で使ったと著者は説明している[1]
  • 連載時において、洋画家の死は、殺人によるものと示唆されていたが、単行本化の際に変更されている。また連載の中盤(1960年11月号掲載分の後半・12月号掲載分の前半)では、添田彰一と、「国威復権会」の幹事「山田吉次郎」が対面する場面が描かれたが、この場面は単行本化の際に全て削除された。変更の背景に関して、当時の社会的事情に影響を受けたものと推測する見解も出されている[2]
  • 文芸評論家の細谷正充は、本作のストーリーの発想の原点に、菊池寛の戯曲『父帰る』があるのではないかと推測している[3]
  • 作家の半藤一利は、松本清張だとどれが一番好きですかとの問いに、「『球形の荒野』。これは聞かれるたびに『球形の荒野』と答えている」と述べている[4]
  • 小説中、野上顕一郎は北宋末の書家・米芾を手本に書を習っていたとされているが、著者が1933年に博多の嶋井精華堂印刷所で見習い修行をしていた際、俳誌「万燈」の主宰者・江口竹亭から学んだ書の手本に、米芾が含まれていたとされている。書道家の田中節山は、小説中における寓意を「旧弊にとらわれない自由で近代的な感覚と、ある種の清々しさ」と解釈している[5]

映画[編集]

球形の荒野
監督 貞永方久
脚本 貞永方久
星川清司
製作 杉崎重美
出演者 芦田伸介
島田楊子
音楽 佐藤勝
撮影 坂本典隆
編集 杉原よ志
配給 松竹
公開 日本の旗 1975年6月7日
上映時間 98分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
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1975年6月7日公開。製作・配給は松竹。前年公開の『砂の器』に続き、ヒロイン役に島田陽子を起用している。現在はDVD化されている。

キャッチフレーズは「地球は荒野でしかないのか?」

キャスト[編集]

スタッフ[編集]

エピソード[編集]

本映画の脚本の脱稿は1975年4月30日、ベトナム戦争終了の日であった。脚本・監督の貞永方久は、サイゴン脱出を図ろうとするアメリカ人兵士の姿に、かつて満州で終戦を迎え、ソ連国境地帯から逃れてきた難民の姿を重ねていたと回顧している。撮影は翌日の5月1日にクランクイン、25日にクランクアップ(製作発表と丸の内ピカデリーでの完成記念特別試写会は6月3日、上映は6月9日)と、短期間の制作となった[6]

テレビドラマ[編集]

1962年版[編集]

1962年8月16日8月17日(22:15-22:45)、NHKの「松本清張シリーズ・黒の組曲」の1作として2回にわたり放送。

キャスト
スタッフ

1963年版[編集]

球形の荒野
ジャンル テレビドラマ
脚本 野上龍雄
須崎勝弥
監督 土居通芳
出演者 冨士眞奈美
市村羽左衛門
製作
制作 TBS
放送
放送国・地域日本の旗 日本
放送期間1963年4月22日 - 5月27日
放送時間月曜22:00 - 22:56
放送枠TBS月曜10時枠の連続ドラマ
回数6
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1963年4月22日から1963年5月27日まで(22:00-22:56)、TBS系列にて全6回の連続ドラマとして放映。

キャスト
スタッフ

1969年版[編集]

球形の荒野
ジャンル テレビドラマ
脚本 高橋玄洋
監督 田中昭男
出演者 山本陽子
森雅之
製作
制作 NHK
放送
放送国・地域日本の旗 日本
放送期間1969年3月5日 - 4月2日
放送時間水曜20:00 - 21:00
回数5
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1969年3月5日から1969年4月2日まで、NHKの「水曜劇場」枠(20:00-21:00)にて全5回の連続ドラマとして放映。なお「水曜劇場」としては最終放送。

キャスト
スタッフ

1978年版[編集]

球形の荒野
ジャンル テレビドラマ
脚本 稲垣俊
監督 河村雄太郎
出演者 栗原小巻
滝沢修
オープニング 加藤登紀子この空を飛べたら
製作
制作 フジテレビ
放送
放送国・地域日本の旗 日本
放送期間1978年3月11日 - 4月8日
放送時間土曜22:00 - 22:54
放送枠ゴールデンドラマシリーズ
回数5
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1978年3月11日から1978年4月8日まで、フジテレビ系列の「ゴールデンドラマシリーズ」枠(22:00-22:54)にて全5回の連続ドラマとして放映。2015年2月19日から2月26日までBSフジの名作ドラマ劇場にて放送している[7]

出演
スタッフ
主題歌

1981年版[編集]

球形の荒野
ジャンル テレビドラマ
企画 小坂敬(日本テレビ)
山本時雄(日本テレビ)
脚本 石松愛弘
監督 恩地日出夫
出演者 島田陽子
三船敏郎
エンディング 岩崎宏美聖母たちのララバイ
製作
プロデューサー 小杉義夫(日本テレビ)
鍋島壽夫
伊藤満(三船プロダクション)
制作 日本テレビ
放送
放送国・地域日本の旗 日本
放送期間1981年9月29日
放送時間火曜21:02 - 22:54
放送枠火曜サスペンス劇場

特記事項:
火曜サスペンス劇場」第1回放送
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1981年9月29日21:02-22:54、日本テレビ系列の「火曜サスペンス劇場」第1作として放映。同枠の初回に、三船敏郎と島田陽子の共演で松本清張原作ドラマを希望する、日本テレビからの打診に始まり、検討の結果、本作が選択された[8]。制作には三船プロダクションが参加、また島田陽子は映画版に続く野上久美子役での出演となった。視聴率17.1%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)。

キャスト
スタッフ

1992年版[編集]

松本清張作家活動40年記念
球形の荒野
ジャンル テレビドラマ
脚本 野上龍雄
監督 富永卓二
出演者 若村麻由美
平幹二朗
製作
プロデューサー 香取雍史
制作 フジテレビ
放送
放送国・地域日本の旗 日本
放送期間1992年2月7日
放送時間金曜21:02 - 22:52
放送枠金曜エンタテイメント
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松本清張作家活動40年記念・球形の荒野」。1992年2月7日21:02-22:52、フジテレビ系列の「金曜ドラマシアター」枠にて放映。視聴率17.2%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)。

キャスト
スタッフ
  • 企画:前田和也(フジテレビ)、遠藤龍之介(フジテレビ)、松本陽一
  • プロデューサー:香取雍史
  • 脚本:野上龍雄
  • 音楽:菊地俊輔
  • 監督:富永卓二
  • 撮影:伊佐山巌
  • 照明:椎葉昇
  • 録音:八木隆幸
  • 音響効果:小原孝司
  • 編集:小松直人
  • 撮影協力:比叡山国際観光ホテル、京都新阪急ホテル、奈良シティホテル、ホテルエコーハイツ蓼科、明治書院
  • 助監督:羽石龍太郎
  • 制作:フジテレビ、仕事

2010年版[編集]

2夜連続 松本清張スペシャル
球形の荒野
ジャンル テレビドラマ
企画 高井一郎
脚本 君塚良一
監督 永山耕三
出演者 田村正和
江口洋介
生田斗真
比嘉愛未
製作
制作 フジテレビ
放送
音声形式ステレオ放送
放送国・地域日本の旗 日本
前編
放送期間2010年11月26日
放送時間金曜21:00 - 22:52
放送枠金曜プレステージ
放送分112分
後編
放送期間2010年11月27日
放送時間土曜21:00 - 23:10
放送枠土曜プレミアム
放送分130分
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2夜連続 松本清張スペシャル 球形の荒野」。2010年11月26日27日フジテレビ系列で2夜連続(『金曜プレステージ』・『土曜プレミアム』内)で放送された。視聴率は前編:13.0%、後編:10.9%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)。第65回文化庁芸術祭参加作品。

放送開始する3ヶ月前に解散した映画製作会社「映像京都」の最後の作品である。

時代設定は1964年(昭和39年)の東京オリンピック開催直前。オープニングにJ.S.バッハの「ピアノ協奏曲第1番」第3楽章を、劇中音楽として同じくバッハの「パルティータ第2番」「ゴルトベルク変奏曲」などを使用している(ピアノ演奏はグレン・グールドによる盤で統一)。

キャスト[編集]

スタッフ[編集]

2014年版[編集]

松本清張 球形の荒野
ジャンル テレビドラマ
脚本 谷口純一郎/国井桂
監督 井上泰治
出演者 木村佳乃
寺尾聰
武田真治
エンディング 東方神起「I love you」
製作
制作 BS日テレ
放送
放送国・地域日本の旗 日本
放送期間2014年3月9日
放送時間日曜21:00 - 22:54
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松本清張 球形の荒野」。2014年3月9日21:00-22:54、BS日テレオリジナルドラマとして放映。

キャスト
スタッフ

参考文献[編集]

  • 『松本清張全集 第6巻』(1971年、文藝春秋) - 元外交官の加瀬俊一(外交史に関する著作が多い)による解説が付せられている。野上顕一郎的な立場に関して、アレン・ウェルシュ・ダレスなどとの関係を交えつつ、説明を加えている。

脚注・出典[編集]

  1. ^ 著者によるエッセイ「推理小説の発想」(『随筆 黒い手帖』(1961年、中央公論社)、『松本清張全集 第34巻』(1974年、文藝春秋)などに収録)参照。
  2. ^ 古谷久子「単行本化で削られた8000字の謎」(『週刊 松本清張』第9号(2009年、デアゴスティーニ・ジャパン)収録)参照。
  3. ^ 『週刊 松本清張』第9号 6-7頁参照。
  4. ^ 半藤一利・加藤陽子宮田毬栄らによる座談会「同年に生を享けて - 一九〇九年生まれの作家たち」(『松本清張研究』第10号(2009年、北九州市立松本清張記念館)収録)参照。
  5. ^ 『週刊 松本清張』第9号 15頁参照。
  6. ^ 『週刊 松本清張』第9号 20-21頁参照。
  7. ^ BSフジのホームページ
  8. ^ 林悦子『松本清張映像の世界 霧にかけた夢』(2001年、ワイズ出版)39頁参照。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

TBS系列 月曜10時枠の連続ドラマ
前番組 番組名 次番組
人間の條件加藤剛版)
(1962年10月1日 - 1963年4月1日)
球形の荒野(1963年版)
(1963年4月22日 - 5月27日)
図々しい奴
(1963年6月3日 - 9月9日)
NHK総合テレビ 水曜劇場
球形の荒野(1969年版)
(1969年3月5日 - 4月2日)
(廃枠)
NHK総合テレビ 水曜20時枠
別れて生きる時も
球形の荒野(1969年版)
(1969年3月5日 - 4月2日)
連想ゲーム
※20:00 - 20:30
(1969年4月9日 - 12月)
世界の音楽
※20:30 - 21:00
フジテレビ系列 ゴールデンドラマシリーズ
もう一人の乗客
(1978年1月7日 - 2月23日)
球形の荒野(1978年版)
(1978年3月31日 - 4月8日)
殺人の棋譜
(1978年4月22日 - 5月20日)