清見潟

清見潟(きよみがた)

静岡市清水区興津の辺りにあった景勝地、歌枕清見関があった。清見寺の門前。三保の松原と共に、和歌日本画の題材にされた。東海道五十三次興津宿の海沿い。「興津詣」の舞台。古代から風光明媚な場所として文人墨客を始め、武家、宮家、帝までもが訪れ名を馳せた。=興津にて詳述。

清見オレンジの名前の由来。



清見潟(きよみがた)は、日本相撲協会年寄名跡のひとつ。初代・清見潟が四股名として名乗っていたもので、その名跡の由来は定かではない。

清見潟の代々[編集]

  • 代目の太字は、部屋持ち親方。
代目 引退時しこ名 最高位 現役時の所属部屋 襲名期間 備考
初代 清見潟又藏 --- ---
2代 立浪夘太夫 --- ---
3代 小森野又市 --- 清見潟部屋 ?-1862年11月(廃業)
4代 三代ノ松鉄之介 十8 清見潟部屋 1863年7月-1869年12月(死去)
5代 志貴ノ海幸蔵 前1 清見潟部屋 1870年11月-1898年5月(廃業) 二枚鑑札
6代 勢力忠四郎 十1 清見潟部屋 1898年5月-1920年1月(死去)
7代 岩木山孫平 前6 清見潟部屋 1920年5月-1930年1月(廃業) 二枚鑑札
8代 伊勢錦清 十9 清見潟-出羽海部屋 1931年3月-1967年2月(停年(定年。以下同)退職) 6代の甥
9代 栃王山裕規 前1 春日野部屋 1972年1月-1976年10月(廃業)
10代 大竜川一男 前1 三保ヶ関部屋 1979年5月-2011年1月(停年退職)
11代 栃栄篤史 前1 春日野部屋 2011年1月-2014年8月 借株→一時的襲名
12代三保ヶ関に名跡変更
12代 武州山隆士 前3 武蔵川-藤島部屋 2016年1月-2020年5月 一時的襲名
23代春日山に名跡変更
13代 栃煌山雄一郎 関脇 春日野部屋 2020年7月- 三役経験者初の襲名

関連項目[編集]