横山プリン

横山 プリン(よこやま プリン、本名:清水 健雄1938年昭和13年〉5月20日 - )は、タレントフリーライター放送作家AB型滋賀県大津市出身。

来歴・人物[編集]

  • 滋賀県立膳所高等学校を経て[1]1961年立命館大学経営学部卒業[1]。大学時代はジャズドラマー[1]。就職してサラリーマン生活をしていたものの3か月で辞め[1]大阪の繁華街でバンドボーイとして修業した[1]後、横山ノックに弟子入りして初代横山たかしの名前をもらい[1]、兄弟子のやすしと同様、厳しい門下生活をする。やすしとコンビを2度組むが解散。その後、芸名を横山プリンと変える。
  • 大阪で最初にデビューした頃、なかなか芽が出なかったことから一時東京へ移り、放送作家として『巨泉×前武ゲバゲバ90分!』(日本テレビ)の台本執筆などで活動[2]。この一方で当時で言うところのヒッピー族としても出没していたことがあった[1]。その時も芽が出なかったため、その後大阪へ戻り、コントの台本を書いてはラジオ局などへ売り込むという日々を送っていた[1]。その後放送作家尾上たかし宅に出入りし始めるようになり、それをきっかけにわずかながら仕事を得るようになる[1]
  • 1972年ごろ、OBC(ラジオ大阪)のライブ放送『カット・ジャパン1310』の司会に抜擢、その型破りな話術が人気を集める。その後はラジオ・テレビ等のレギュラーを持っていたが、1983年に芸能活動を休止し、ドイツ等に長期に渡り滞在。帰国後に画廊を経営。その後、東京でテレビ番組に構成作家ブレーン)として参加。フリーライターを経て、1990年代半ばには千葉に住んでいたが、現在は大阪市在住。
  • やすしの死後は、筆頭弟子としてノック一門をまとめている。師匠のノックと同様、禿げ頭が特徴で、師匠と出演するときは二人で「ライト兄弟」と称していた。
  • 1979年、『プリン&キャッシーのテレビ!テレビ!』では、当時、よみうりテレビ新入社員の辛坊治郎をむちゃぶりで鍛えた。また、共演者である子供と本番中に本気でケンカして唾のかけあいをするなどといった、破天荒なキャラクターがお茶の間で話題となった。
  • 弟子に高井ギャラ(女性)がいる。
  • 2000年代に入り高井ギャラのブログにたびたび元気な姿を見せている。
  • 阪神タイガースのファンでもある。
  • かつては喫煙者だったが、現在は禁煙している。
  • 師匠ノックの元相方横山アウトの息子・田中章のコンビ名「プリンプリン」との関連はない。
  • 2016年 天満天神繁昌亭にて一夜限りの復活を遂げる。

出演番組[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i ランラジオ(自由国民社)1974年10月号 p.68 - 69
  2. ^ a b 深夜放送ファン(自由国民社)1973年11月号 p.36