日系人収容所所在地

日系人収容所所在地地図

日系人収容所所在地(にっけいじんしゅうようじょしょざいち)は、第二次世界大戦時にアメリカ合衆国によって行われた日系人の強制収容政策による、日系人収容所の一覧である。

概要[編集]

施設の性質上、人里離れた閑地などに設置され、収容所の多くが非法人地域アメリカ合衆国の地方行政区画を参照のこと)やインディアン居留地内に位置するため所在地の地名を特定するのが難しい。

強制収容対象者[編集]

下記4州の日系アメリカ人と日本人の住人全員と、1準州に住む指定者の計12万313人が対象となった。またメキシコペルーなどのアメリカの友好国である中南米諸国から連れてこられた日系人と日本人移民も強制収容の対象となった。


収容所の一覧[編集]

開設日の早い順[1]に、 収容所名、(英語名。日本語の項目がないものは英語版へのリンク):所在地を特定するのに役立つ地域もしくは近隣の町の名、州名、最大収容者数、開設日-閉鎖日 の順に記す。

※強制収容所はトゥーリーレイクの1946年3月20日を以て全てが閉鎖された。

脚注[編集]

  1. ^ 全米日系人博物館 マナビ&スミ・ヒラサキ・ナショナル・リソースセンター