放送禁止

放送禁止(ほうそうきんし)では、放送事業者が、その放送内容のすべてもしくはその一部の放送を禁止する、あるいは禁止するに至らないよう放送内容を自主規制する行為について述べる。なお、公権力による放送事業者に対する放送(事業)そのものの禁止、ないしは制限(停波命令、免許の取り消しないし停止など)はここでは含まない。

概要[編集]

言論・表現の自由が認められていない、あるいは制限されているにおいては、その政府法令などを定め、検閲などにより特定の内容を含む番組などのすべてもしくは一部について禁止することがあるが、言論・表現の自由が認められている国においては、おおむね各放送事業者の自主的判断(自主規制)により、番組などのすべてもしくはその一部について、その放送を禁止する。

日本では、戦前の放送事業開始時は、逓信省郵政省を経て現・総務省)が微細かつ裁量的な放送禁止事項を定め、事前検閲を経た放送を行っていた。戦後は公権力による検閲を建前上禁じた日本国憲法第21条のもと、放送法5条に基づき、各放送事業者が、自主的に制定する放送コードである「番組基準」に従い、放送を行なっている[1]

表現の自由と放送禁止[編集]

イギリス1962年に出された、ピルキントン委員会報告書にある「よいテレビ放送の三大要素」の指摘が、同国の放送業界で「今なお妥当性を失わない見識」として位置づけられている。

  1. 番組の企画と内容は可能なかぎり広い範囲の題材の中から選択するという大衆の権利を尊重するものでなければならない。
  2. 題材のこの広い範囲のあらゆる部分で質の高いアプローチとプレゼンテーションがなされなければならない。
  3. これは何よりも重要なことであるが、テレビという強力なメディアに従事する人々はテレビには価値や道徳規準に影響を及ぼす力があり、また、すべての人びとの生活を豊かにする能力があることを十分意識しなければならない。放送事業者は、大衆のさなざまな好みや態度に注意を払い、それらを知っていなければならない。同時に、それらを変化させ成長させていく力があることを自覚し、その意味で指針を大衆に示すようにしなければならない。

類似の社会環境である日本の放送業界でも、この見識を前提に、自主規制のための細かな基準を各放送局(「よいテレビ放送の三大要素」ではあるが、ラジオでも)が独自に定め、放送の可否を独自に判断している。

放送禁止の対象[編集]

言論・表現の自由が認められている国において放送禁止の対象となるものは、おおむね社会通念に反する行為あるいは犯罪を肯定するような事項とされる。逆に言論・表現の自由が認められていない、あるいは制限されている国(多くの場合、絶対的な国家元首が存在する)においては、その国の王族・国家体制・元首・政治家などに対して礼を失した言葉や表現、侮蔑、批判も対象とされる。

ドイツにおける放送禁止の対象[編集]

日本と同様に言論、表現の自由を認めているドイツでは、通常の自主規制に加え、ナチズムプロパガンダおよびこれに類する行為が刑法(第130条「民衆扇動罪」)により厳しく禁じられており、処罰の対象となる法定化された放送禁止用語や放送禁止表現が存在する。具体的には国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス、ナチ党)を肯定的に扱ういくつかの言葉や表現、特に同党のシンボルとなったハーケンクロイツ(かぎ十字)などの規制である。近年になって、反ナチズムの高揚を目的とし「同党を明確に犯罪団体として侮蔑的(否定的)に扱う」ことを条件に、やや規制が緩和されている。なお、刑法により禁じられていることから、この規制は放送のみならず、出版インターネットなども広く対象となっている。

日本における放送禁止の対象[編集]

主な対象および内容[編集]

日本では、各法律および、日本放送協会(NHK)・民間放送(民放)の各局が自己制定している番組基準に基づいて、以下のような内容の放送が禁止されている。

電波法に定められているもの
  • 特定の誰かが利益または損害を得るような虚偽(106条)
  • 日本国憲法またはその下に成立した政府を暴力で破壊することを主張する通信を発すること(107条)
    • 日本民間放送連盟(民放連)放送基準第2章(7)「国および国の機関の権威を傷つけるような取り扱いはしない」の解説において、「国の象徴としての天皇もここに含まれる」としている[2]。天皇および皇室に対する否定的な扱いは(放送禁止とならないまでも)慎重になされる。
  • わいせつな通信を発すること(108条)
個人情報の保護に関する法律に定められているもの
  • 個人情報が特定される(おそれのある)もの(50条3項)
その他

NHKにおける商標の扱い[編集]

公共放送であるNHKでは、上記の基準に加え、放送法83条1項の広告放送の禁止規定に基づき、後述の例外の場合を除いて、事業者名・店舗名等は「機械メーカー」「和食チェーン店」といった一般化した形で伏せられ、商標はほぼ一律に一般名称に言い換えている(後述)。テレビ番組であればロゴマークを隠して放送する。

商標言い換えの一例は以下のとおり。

なお、ストレートニュースで事件・事故、リコール情報などを扱う場合や株式市況の「日経平均株価」や「東証株価指数」、「ギネス世界記録」の達成、経済系情報番組[注釈 4]などで個別経営者へのインタビューを放送する場合、ドキュメンタリー番組など[注釈 5]で全編にわたって商品開発等の様子を描く場合など、多くの例外がある。複数の企業事業者学校が参加する番組では、名称を業種業態・学校名をそのまま表現することで完全に伏せるのではなく、参加団体の名称をもじることで対処することもある[注釈 6]。また、番組公式SNSアカウントの紹介、それらと番組の連動企画等では、SNSプラットフォーム名(TwitterLINEなど)が明示される。

民放連における放送音楽などの取り扱い内規[編集]

かつて日本民間放送連盟(民放連)が定めた放送音楽の取り扱い内規において、いわゆる「放送禁止歌」のリストが存在した。現在もガイドライン自体は存在する。

放送禁止対象の経年変化[編集]

放送禁止の対象となるものは、法改正のみならず世論動向などにより時代とともに変化していくため、古い番組内容の再放送の際に問題になる。コメントについては該当する部分を消すといった処置が行われる。その一方で、犯罪を肯定・助長しないものであれば、放送前にあらかじめ「作品のオリジナリティを重視する」旨の断りを入れて、オリジナルのまま放送することもある。

  • 過去[注釈 7]、法規制の緩い時代に撮影された映画やドラマ等において、シートベルトヘルメットなどを着用していない状態で乗り物を運転する場面。
    • テレビドラマの制作などでは、おもに財政的な事情により私有地ではなく公道を使う場合が多くなり、この場合には例外なくヘルメットやシートベルトが必須となる。悪役であっても車を運転する際はシートベルトを締め、オートバイを運転する際はヘルメットをかぶる。そうでない場面を表現する場合、これを後で画像処理により除くのに費用がかかることから、NHKで番組の規制基準が見直された2008年ごろを境に、この種のシーンの撮影は行わなくなっている[3]
  • 2008年、NHKは「放送可能用語」を公開した。詳しくは「放送禁止用語」を参照のこと。

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 「テトラポッド」は(日本テトラポッド→株式会社テトラ→)不動テトラの登録商標。
  2. ^ 「QRコード」はデンソーウェーブの登録商標。ただし、『チコちゃんに叱られる!』の2022年6月17日18日放送回に関しては、QRコードそのものを題材としたテーマがあることに加え、企業名こそ伏せられているものの、デンソーウェーブに直接取材した関係で、QRコードの名称がそのまま使われていた。また、放送中の番組や受信料、「NHKプラス」に関するアクセス先URLを記載したQRコードを表示している場合に「QRコード」と呼ぶこともある。
  3. ^ 「宅急便」はヤマトホールディングスの登録商標。民間放送でも「宅急便」の名称はヤマト運輸提供する番組のみで用いられ(『魔女の宅急便』を放送することが出来る映画番組である『金曜ロードショー』にヤマト運輸が提供スポンサーに名を連ねているのはそのため)、それ以外の番組は「宅配便」を用いる。
  4. ^ 2017年度までBS1で放送されていた『経済フロントライン』『経済最前線』など。
  5. ^ プロジェクトX ~挑戦者たち~』など。ただし、『チコちゃんに叱られる!』『有吉のお金発見 突撃!カネオくん』などのシーン単位では対象外。
  6. ^ 外注制作番組である『魔改造の夜』がそれにあたり、テロップアナウンスでは「日産自動車→N産」、「ソニー→Sニー」、「東京大学→T大学」と、先頭をアルファベットに短縮した名称が用いられている。
  7. ^ 日本では、1985年施行の改正道路交通法により自動車高速道・自動車専用道において前席(運転席・助手席)でのシートベルト着用が、罰則付きで義務付けられた(一般自動車道については1992年11月1日から)。また、1986年施行の改正道路交通法により、原付一種(50cc)を含む、全てのバイクの運転でヘルメットの着用が義務化された。

出典[編集]

  1. ^ 日本民間放送連盟編『放送ハンドブック:文化をになう民放の業務知識』東洋経済新報社 1992年3月16日(原著1991年5月23日)、第4刷(ISBN 4492760857)pp.77-78他
  2. ^ 「民放連 放送基準解説書2014」一般社団法人日本民間放送連盟発行、2014年9月
  3. ^ 日本民間放送連盟編『放送ハンドブック改訂版』日経BP社、2007年4月7日(原著2007年4月7日)、第1刷(ISBN 978-4-8222-9194-5)「放送倫理」編[要ページ番号]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]