大田南5号古墳

大田南5号古墳
所在地 京都府京丹後市弥栄町和田野峰山町矢田
位置 北緯35度38分38.3秒 東経135度4分51.4秒 / 北緯35.643972度 東経135.080944度 / 35.643972; 135.080944
形状 方墳
規模 12m×19m
出土品 鏡、鉄刀
築造時期 4世紀後半
有形文化財 「方格規矩四神鏡」(重要文化財
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大田南5号古墳(おおたみなみ5ごうこふん)は、京都府京丹後市弥栄町和田野峰山町矢田にまたがって所在する古墳時代中期前半の方墳である。

歴史[編集]

この古墳は、京都府北部丹後半島の中央部にあり、標高82メートルの山の上に築かれた4世紀の後半に築造されたとものとみられている。近くに神明山古墳(日本海最大の前方後円墳)がある。

1990年(平成2年)から1995年(平成7年)にかけて発掘調査が行われ、青龍3年(235年)の銘がある古墳時代前期の「方格規矩四神鏡」などが発掘された。1996年(平成8年)には「方格規矩四神鏡」が重要文化財に指定された。

規模・形状[編集]

  • 12m×19mの方墳

埋葬施設[編集]

  • 組合せ式石棺

副葬品[編集]

棺内に鏡と鉄刀1本が収められていた。

  • 被葬者の頭部右上付近に「方格規矩四神鏡」があり、「青龍三年」(の明帝の年号で235年)の銘が入っていた。それまで年号が刻まれた鏡としては山梨県市川三郷町鳥居原狐塚古墳から出土した紀年銘鏡赤烏元年」(の大帝の年号で238年)が最も古かったが、「方格規矩四神鏡」は日本で出土した紀年鏡の中では最も古いものとなった。
    • 鏡に付着していた布は、家蚕糸が使われた絹織物であることが判明している[1]
  • 被葬者の歯十数本

脚注[編集]

参考文献[編集]

  • 森浩一 編『京都の歴史を足元からさぐる 丹後・丹波・乙訓の巻』学生社、2010年。 

関連項目[編集]