南海30000系電車
南海30000系電車 | |
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基本情報 | |
運用者 | 南海電気鉄道 |
製造所 | 東急車輛製造 |
製造年 | 1983年 |
製造数 | 2編成8両 |
運用開始 | 1983年6月26日 |
投入先 | 高野線 |
主要諸元 | |
編成 | 4両編成(全電動車) |
軌間 | 1,067 mm |
電気方式 | 直流1500V 架空電車線方式 |
最高運転速度 | 100 km/h |
設計最高速度 | 115 km/h |
起動加速度 | 2.5 km/h/s (山岳線内 3.0 km/h/s) |
減速度(常用) | 3.7 km/h/s |
車体 | 普通鋼 |
台車 | 緩衝ゴム式ダイレクトマウント空気ばね台車 住友金属工業FS-518 |
主電動機 | 直流直巻電動機 三菱電機製MB-3072-B7形 |
駆動方式 | WNドライブ |
歯車比 | 84:17 (4.94) |
編成出力 | 2,320 kW |
制御方式 | 抵抗制御 |
制御装置 | 日立製作所製MMC-HTB-20T形 |
制動装置 | 発電ブレーキ併用全電気指令式電磁直通空気ブレーキ(抑速ブレーキ付) |
南海30000系電車(なんかい30000けいでんしゃ)は、南海電気鉄道が1983年(昭和58年)に製造した特急形電車である。
概要
高野線の山岳線区直通特急「こうや」に使用していた20000系が製造後20年以上を経過して老朽化したため、同系の代替を目的として、1984年(昭和59年)4月1日から5月20日まで高野山で弘法大師御入定1150年御遠忌大法会が開催されるのを前に、東急車輛製造で4両編成2本(8両)が製造された。
20000系は1編成しかなく、検査時には一般車の21000系が代走したほか、冬期には運休していたが、本系列が2編成製造されたことにより「こうや」の通年運行が可能となった。
構造
車体
普通鋼製車体で、山岳線区対応のため車体長は17mとなっている。 前面は「く」の字形に傾斜させた非貫通型とし、前面窓は大形曲面ガラスと小形曲面ガラスの組み合わせとして、前面展望を良くしている。側面は各車両に1か所ずつ折り戸を配置し、側面の客室部分の窓は高さ790mm×幅1,750mmの、製造当時としては国内最大級の大形固定窓となっている。
塗装は高野線特急共通のアイボリーホワイト■とワインレッド■のツートンカラーで、地色が20000系のクリーム色から変更された。1999年の更新工事の際に、両先頭車の前頭部寄りの側面腰板部に「NANKAI」のロゴが追加されている。
1999年の更新工事の際に前面を貫通式に改造する予定があったが、改造後に車体強度が低下することが判明したために見送られた。[要出典]
機器
台車は住友金属工業FS518形である。抵抗制御車両で、出力145kWの三菱電機MB-3072-B7直巻電動機を搭載する。末尾1と3の番号の車両に日立製作所製のMMC-HTB-20T主制御器とPT-4803-A-M形下枠交差式パンタグラフを搭載する。
南海の車両で初めて電気指令式ブレーキを採用した。
冷房装置は三菱電機製CU-191 (10,500kcal/h) が各車両に3基ずつ搭載され、ロスナイを併用する。
製造当初は前面の連結器は車体下部のスカート内に収納される廻り子式密着連結器であったが、1999年の更新工事で電気連結器付き密着連結器に交換され、常時連結器が露出する外観となった[1]。
車内設備
座席はフリーストップ式回転リクライニングシートで自動回転機構付き。座席脚台は床固定タイプ、背面テーブルと網袋が付く。シートピッチは1,000mmで、先頭車両の形状の変更やトイレ・洗面所のスペース確保の影響で先代の20000系より50mm詰められているが、1編成あたり定員も20000系と比較して4名分増加している。また製造当初は中間車にサービスコーナーがあり、売店営業を行っていた。
1999年の更新工事で31000系や11000系と同様の室内に改良されている。トイレが洋式化(車椅子非対応)されたほか、サービスコーナーが撤去されて自動販売機2台を設置した[1]。
- 正面
- 運転台
- 更新工事後の車内
形式・編成
全電動車方式で、先頭車がモハ30001形、中間車がモハ30100形となっている。
編成は以下のとおり。
← 難波 極楽橋 → | ||||
Mc | M | M | Mc | 竣工 |
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30001 | 30100 | 30101 | 30002 | 1983年5月19日 |
30003 | 30102 | 30103 | 30004 | 1983年5月19日 |
運用
製造以来、高野線の難波 - 極楽橋間を運行する特急「こうや」と、難波 - 橋本間の特急「りんかん」(1992年11月まで「H特急」)に使用されている。2編成とも1983年(昭和58年)5月19日竣工[2]だが、実際の営業運転開始はその約1か月後の同年6月26日のダイヤ改正からであった[3]。
2008年(平成20年)2月23日に和歌山で開催されたイベントのため、初めて団体列車として南海本線を走行した[4]。側面幕は「臨時 団体専用」表示となっていたが、先頭車は「こうや」表示のまま運転された。
2015年3月には高野山開創1200周年を記念して30001Fに「赤こうや」、30003Fに「紫こうや」のラッピングが施され、2016年2月まで運行された[5][6]。
2022年(令和4年)5月27日午前0時20分頃、小原田検車区内で30001Fのうち極楽橋方の2両(30101・30002)が入換中に脱線事故を起こした[7][8]。このため、車両の修復を行っている間は「こうや」の運行本数を減らしていたが、2023年(令和5年)4月29日より通常に戻された[9][10]。
- 高野山開創1200周年ラッピング車「赤こうや」
- 高野山開創1200年ラッピング車「紫こうや」 (30003F)
脚注
- ^ a b c 「南海電気鉄道 現有車両プロフィール2008」『鉄道ピクトリアル』2008年8月臨時増刊号(通巻807号)、電気車研究会、2008年、233-235頁。
- ^ 「南海電気鉄道車両履歴表」『鉄道ピクトリアル』1995年12月臨時増刊号(通巻615号)、電気車研究会、1995年、264頁。
- ^ 「私鉄車両めぐり〔153〕南海電気鉄道」『鉄道ピクトリアル』1995年12月臨時増刊号(通巻615号)、電気車研究会、1995年、217頁。また同誌171頁にもそうであることを証明するカラー写真と説明文が掲載されている。
- ^ “南海本線で30000系運転”. railf.jp鉄道ニュース. 交友社 (2008年2月25日). 2024年1月5日閲覧。
- ^ 特急こうや 高野山開創1200年特別仕様 - 南海電鉄(インターネットアーカイブ)
- ^ “南海電鉄で「特急こうや 高野山開創1200年特別仕様」運転開始”. 鉄道ファン. railf.jp 鉄道ニュース (交友社). (2015年3月2日) 2024年1月10日閲覧。
- ^ “南海電鉄高野線の車庫、回送車両の一部が脱線 けが人なし”. 毎日新聞. 2022年5月27日閲覧。
- ^ “小原田車庫内での車庫内支障について” (PDF). 南海電気鉄道 (2022年5月27日). 2022年5月27日閲覧。
- ^ “〜 見頃を迎える新緑彩る高野山へ 〜 特急こうやは、4月29日(土・祝)から通常運転します” (PDF). 南海電気鉄道 (2023年4月6日). 2023年6月10日閲覧。
- ^ “南海30000系30001編成が営業運転に復帰”. railf.jp鉄道ニュース. 交友社 (2023年4月29日). 2023年6月10日閲覧。
参考文献
- 電気車研究会『鉄道ピクトリアル』1985年12月臨時増刊号(通巻457号)
- 飯島巌、藤井信夫、井上広和 『復刻版私鉄の車両23 南海電気鉄道』、ネコ・パブリッシング
- 広田尚敬、吉川文夫『ヤマケイ私鉄ハンドブック9 南海』、山と溪谷社