体細胞超変異

体細胞超変異(たいさいぼうちょうへんい、: Somatic hypermutation, SHM)もしくは体細胞超突然変異(たいさいぼうちょうとつぜんへんい)とは、適応免疫系微生物などの新しい外来要素に適応する手段の1つで、クラススイッチの際などに見られる細胞メカニズムである。親和性成熟の中でも重要な一部であり、外来要素(抗原)を認識するために使用されるB細胞受容体を多様化し、免疫系が生物個体の一生を通じて新しい脅威へ適応可能とする[1]免疫グロブリン遺伝子の可変領域に影響を与えるプログラム済み突然変異を伴う。生殖細胞系列変異英語版とは異なり、SHMは生物の個々の免疫細胞にのみ影響を及ぼし、子孫に遺伝することはない[2]B細胞リンパ腫英語版[3]その他の多くの悪性腫瘍[4][5]の発症にメカニズムに誤標的化体細胞超変異が関わっている可能性が高い。

標的化[編集]

B細胞は抗原を認識すると分裂および増殖を始める。この増殖の間に、B細胞受容体遺伝子座は通常の頻度と比べて105倍から106倍の極めて高い頻度の突然変異を起こす[2]。変異は主に単一塩基置換の形であり、挿入と削除は一般的にはあまり起こらない。これらの変異は、DNA上の「ホットスポット」と呼ばれる箇所で重に発生するが、これらは超可変領域英語版に集中する。この領域は、免疫グロブリンの抗原認識に関与する部位である相補性決定領域に対応する[6]。体細胞超変異の「ホットスポット」は、変異している塩基によって異なり、Gの場合はRGYWCの場合はWRCY、Aの場合はWATの場合はTWである[7][8]。超変異は、error-prone修復と高忠実度修復のバランスによって実現される[9]。この指向性のある超変異により、特定の外来抗原を認識して結合する能力の高い免疫グロブリン受容体を発現したB細胞の選択が可能となる[1]

機構[編集]

シトシン
ウラシル

実験的証拠により、SHMの機構は活性化誘導シチジンデアミナーゼ(AID)と呼ばれる酵素によるDNA中のシトシンウラシルへの脱アミノ化を伴うことが示唆されている[10][11]。その結果としてシトシン:グアニンペアはウラシル:グアニンミスマッチに直接変異する。ウラシル残基は通常DNAには見られないため、ゲノムの完全性を維持するには、これらの変異を忠実度の高い塩基除去修復酵素で修復する必要があり、ウラシル-DNAグリコシラーゼ英語版修復酵素によりウラシルは除去される。次に、error-prone DNAポリメラーゼによりギャップが埋められ、変異が導入される[12]

error-prone DNAポリメラーゼは、脱アミノ化されたシトシン自体または隣接塩基対の位置に頻繁に変異を生じさせる。B細胞の分裂中に、免疫グロブリン可変領域DNAは転写および翻訳され、急速に増殖するB細胞集団に変異が導入されることにより、最終的には数千のB細胞がわずかに異なる受容体を持つことになり、様々な抗原特異性を持つ受容体の中から標的抗原に最も高い親和性を持つB細胞を選択することが可能となる。そのようなB細胞が選択され、抗体を産生する形質細胞と、再感染時の免疫応答の増強に寄与する長寿命のメモリーB細胞に分化する[2]

超変異プロセスは、生物個体自身の細胞の'signature'[訳語疑問点]に対して自己選択する細胞も利用する。この自己選択プロセスの失敗が自己免疫反応の発生につながるという仮説がある[13]

モデル[編集]

SMHのメカニズムに関する分子モデルには、1987より二つの競合するモデルが存在したが、現在は解決された。

DNA 脱アミノ化モデル[編集]

Neubergerによるこのモデルは、活性化誘導シチジンデアミナーゼ(AID)にとerror-prone DNAポリメラーゼに基づいたモデルで、AIDによりC-U改変を起こし、それをerror-prone DNAポリメラーゼにより修復することにより変異を導入する。このモデルは in vivo で観察されるB細胞のSMHのA:T, G:C塩基対の変異の一部を説明できるにすぎない。またなぜストランドバイアスな変異が起こるかも説明できない。

逆転写酵素(RT)モデル[編集]

議論を呼んでいる競合モデルとしてRNA/RTをベースとしたメカニズムがある。このモデルはA:T, G:C塩基対の変異のうち、Aの変異がTよりも多く、またGの変異がTの変異よりも多いというストランドバイアスな変異が観察されていることを説明するために考案された。


出典[編集]

  1. ^ a b Janeway, C.A.; Travers, P.; Walport, M.; Shlomchik, M.J. (2005). Immunobiology (6th ed.). Garland Science. ISBN 978-0-8153-4101-7 
  2. ^ a b c Oprea, M. (1999) Antibody Repertoires and Pathogen Recognition: Archived 2008-09-06 at the Wayback Machine. The Role of Germline Diversity and Somatic Hypermutation (Thesis) University of Leeds.
  3. ^ Odegard V.H.; Schatz D.G. (2006). “Targeting of somatic hypermutation”. Nat. Rev. Immunol. 6 (8): 573–583. doi:10.1038/nri1896. PMID 16868548. 
  4. ^ Steele, E.J.; Lindley, R.A. (2010). “Somatic mutation patterns in non-lymphoid cancers resemble the strand biased somatic hypermutation spectra of antibody genes”. DNA Repair 9 (6): 600–603. doi:10.1016/j.dnarep.2010.03.007. PMID 20418189. http://researchrepository.murdoch.edu.au/id/eprint/4482/1/Somatic_mutation_patterns.pdf. 
  5. ^ Lindley, R.A.; Steele, E.J. (2013). “Critical analysis of strand-biased somatic mutation signatures in TP53 versus Ig genes, in genome -wide data and the etiology of cancer”. ISRN Genomics 2013 Article ID 921418: 18 pages. https://www.hindawi.com/journals/isrn/2013/921418/. 
  6. ^ Li, Z.; Wool, C.J.; Iglesias-Ussel; M.D., Ronai, D.; Scharff, M.D. (2004). “The generation of antibody diversity through somatic hypermutation and class switch recombination”. Genes & Development 18 (1): 1–11. doi:10.1101/gad.1161904. PMID 14724175. http://genesdev.cshlp.org/content/18/1/1.full. 
  7. ^ Dunn-Walters, DK; Dogan, A; Boursier, L; MacDonald, CM; Spencer, J (1998). “Base-specific sequences that bias somatic hypermutation deduced by analysis of out of frame genes.”. J. Immunol. 160: 2360–64. 
  8. ^ Spencer, J; Dunn-Walters, DK (2005). “Hypermutation at A-T base pairs: The A nucleotide replacement spectrum is affected by adjacent nucleotides and there is no reverse complementarity of sequences around A and T nucleotides.”. J. Immunol. 175 (8): 5170–77. doi:10.4049/jimmunol.175.8.5170. PMID 16210621. 
  9. ^ Liu, M.; Schatz, D.G. (2009). “Balancing AID and DNA repair during somatic hypermutation”. Trends in Immunology 30 (4): 173–181. doi:10.1016/j.it.2009.01.007. PMID 19303358. http://www.cell.com/trends/immunology/abstract/S1471-4906%2809%2900042-8. 
  10. ^ Teng, G.; Papavasiliou, F.N. (2007). “Immunoglobulin Somatic Hypermutation”. Annu. Rev. Genet. 41: 107–120. doi:10.1146/annurev.genet.41.110306.130340. PMID 17576170. 
  11. ^ Larson, E.D.; Maizels, N. (2004). “Transcription-coupled mutagenesis by the DNA deaminase AID”. Genome Biol. 5 (3): 211. doi:10.1186/gb-2004-5-3-211. PMC 395756. PMID 15003109. http://www.pubmedcentral.nih.gov/articlerender.fcgi?tool=pubmed&pubmedid=15003109. 
  12. ^ Bachl, J.; Ertongur, I.; Jungnickel, B. (2006). “Involvement of Rad18 in somatic hypermutation”. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 103 (32): 12081–86. doi:10.1073/pnas.0605146103. PMC 1567700. PMID 16873544. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1567700/. 
  13. ^ Metzger, T.C. (2011). “Control of Central and Peripheral Tolerance by Aire”. Immunol Rev. 2011 May 241 (1): 89–103. doi:10.1111/j.1600-065X.2011.01008.x. PMC 3093413. PMID 21488892. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3093413/. 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]