中山貞雄

中山 貞雄(なかやま さだお、1890年1月23日[1] - 1973年3月19日[2])は、日本政治家衆議院議員(3期)。

経歴[編集]

東京都出身[2]明治大学で学ぶ。東京朝日新聞に入り、記者となる[2]。のち東亜拓殖(株)専務取締役、亜細亜活動写真、東北鉱業鉄道、阪神土地住宅、丸ノ内銀行、奉天証券、日平産業各(株)取締役、満州取引所理事、富士鉱業(株)監査役、大同産業公司社長、秋葉原会館、東栄貿易各(株)社長となる[2]

1924年第15回衆議院議員総選挙において熊本5区から政友本党公認で立候補して初当選した[3]。以来連続3回当選。1928年第16回衆議院議員総選挙では熊本2区から立憲政友会公認で立候補して再選[4]1930年第17回衆議院議員総選挙で三選した[5]1932年第18回衆議院議員総選挙には出馬しなかった。1973年死去。

脚注[編集]

  1. ^ 衆議院『第四十九回帝国議会衆議院議員名簿』〈衆議院公報附録〉、1924年、33頁。
  2. ^ a b c d 『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』460頁。
  3. ^ 『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』77頁。
  4. ^ 『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』87頁。
  5. ^ 『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』96頁。

参考文献[編集]

  • 日本国政調査会編『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』国政出版室、1977年。
  • 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。