ワイヤー・ストライク・プロテクション・システム

コックピットの上方および下方にWSPSを装備した ベル 206

ワイヤー・ストライク・プロテクション・システム(wire strike protection system, WSPS)は、低高度を飛行するヘリコプターのワイヤー・ストライクによる被害を軽減するために設計されたワイヤー切断装置(ワイヤー・カッター)である。

歴史[編集]

上方WSPSカッター
下方WSPSカッター
機体に衝突したワイヤーは、ウィンドシールド中央部に取り付けられたデフレクターにより、カッターへと誘導される。

1974年から1979年までの6年間に発生したアメリカ陸軍航空での事故(有事におけるものを除く)に占めるワイヤー・ストライクによる事故の割合は、航空機の損傷の8%、航空機関連の負傷の6%、航空機関連の死亡者の16%を占めていた[1]:9。同様に、1970年から1979年までの10年間には、208機の民間ヘリコプターがワイヤー・ストライクに関連する事故に巻き込まれ、そのうち88機(42%)が大破し、搭乗していた331人のうち37人(11%)が死亡した[2]:5;7。1975年から1977年までの間に飛行中の民間ヘリコプターで発生した事故で最も件数が多かったのは、電線や支柱に衝突したことが原因の事故であった[2]:1

1979年5月、ブリストル・エアロスペース社は、カナダ軍との契約により、OH-58カイオワ用のワイヤー・ストライク・プロテクション・システムを開発した[1]:9。1980年に認定された特許によると、その発明者はネルソン・チャンであるとされている[3][4]。ブリストル社は、用途廃止されたOH-58の胴体にワイヤー・ストライク・プロテクション・システムを取り付け、52回におよぶ試験を行った。その試験は、平ボディのトラックに胴体を積み込み、15 - 60 mph (13 - 52 kn; 24 - 97 km/h)の速度および0〜45°のヨー角でケーブルに衝突させることで行われた。ケーブルには、送電線や通信線として一般的に使用される引張強度10,000 lb (4,500 kg)以上、直径38 in (9.5 mm)、素線数7のスチール製ケーブルなどが用いられた[1]:9–10

ブリストル社での試験には、胴体下部のカッターや、衝突による機体姿勢への影響に関するものが含まれていなかった。このため、アメリカ陸軍研究所は、1979年10月にラングレー研究所内のImpact Dynamics Research Facility(衝撃力研究所)において、OH-58を用いた振り子スイング試験を行った[1]:11。この際、スキッド、降着装置、テールブーム(ローターおよび垂直尾翼を含む)へのデフレクターの追加についても検証されたが、その効果は確認できなかった[1]:11;15–19;41

ラングレーでの試験は、196 ft (60 m)の長いケーブルの端にOH-58を取り付けて後方に引き上げ、約22 ft (6.7 m)の高さに水平に張られたワイヤーに向けて振り子のようにスイングさせることにより行われた[1]:14 。1981年から1982年にかけては、ベルUH-1Hヒューイ[5] およびAH-1Sコブラについても、同様の試験が行われた[6]

アメリカ陸軍の小・中型ヘリコプター[注釈 1] へのワイヤー・ストライク・プロテクション・システムの搭載は、1992年までにすべて完了した[7]。1996年以降、2002年までの間は、アメリカ陸軍でワイヤー・ストライクによる死亡事故は発生しなかった[7]。民間ヘリコプターでは、特に農作業を行う場合にワイヤー・カッターが効果的であると考えられている[2]:37–38。1970年代に発生した208件のワイヤー・ストライク事故の約半数は、ワイヤー・カッターなどの機体構造の改善により回避できた可能性がある[2]:45

解説[編集]

コックピット上部および後方並びに胴体下部にカッターを装備したAH-1S。前部のガン・タレットの下側にもカッターがある。

ワイヤー・ストライク・プロテクション・システムは、アメリカ製の軍用ヘリコプター[6] や農作業に用いられる民間ヘリコプターの前部胴体の周囲に装備されることが多い。その効果は、ヘリコプターが90度未満の角度で、30ノット (35 mph; 56 km/h)を超える速度でワイヤーに衝突した場合に発揮される[7]。12,000 lb (5,400 kg)の破断強度を有する直径 38-インチ (9.5 mm) のスチール・ケーブルを切断できるように設計されている[7]

ブリストル社によって開発されたワイヤー・ストライク・プロテクション・システムは、今日、ワイヤー切断装置として最も一般的なものであり、胴体上部に取り付けられたカッター、胴体下部に取り付けられたカッター[注釈 2]、およびケーブルをカッターに誘導するためにウインドシールド中央部に取り付けられたデフレクターで構成されている[1]:9[7]。ケーブルがワイパー・モーターのシャフトに引っ掛からないようにするため、ワイパー・プロテクター・フレームが装着される場合もある。OH-58用のワイヤー・ストライク・プロテクション・システムの重量は16.3 lb (7.4 kg)で、その装着には40人時の工数が必要となる[1]:15

「ワイヤー・ストライク・プロテクション・システム(Wire Strike Protection System, WSPS)」という名称は、ブリストル社を買収して親会社になったマゼラン・エアロスペイス社の登録商標となっている[8]。ダート・エアロスペース社は、同様の装置を「ケーブル・カッター・システム(Cable Cutter System)」という商品名で販売している[9]。ヘリコプターを保護するためのワイヤー切断装置には、これ以外にも、 MDヘリコプターズ 社(1981)[10]カスタム・エアー社 (1987),[11] エアバス・ヘリコプターズ 社(2008[12]および2011),[13] ならびに ベル・ヘリコプター社 (2014)などの企業で開発されたものがある[14]。類似の装置として、ローターを保護するため、コントロール・ロッドにカッターを装備したものもある[15]

注釈[編集]

  1. ^ OH-58,[1] UH-1,[5]OH-6, AH-1,[6]UH-60およびAH-64
  2. ^ 胴体には複数のカッターを装着できる

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i Burrows, LeRoy T. (June 1980). Investigation of Helicopter Wire Strike Protection Concepts (PDF) (Report). US Army AVRADCOM. 2020年4月2日閲覧
  2. ^ a b c d Tuomela, Clyde H.; Brennan, Mark F. (October 1980). Civil Helicopter Wire Strike Assessment Study (PDF) (Report). Vol. 1. National Aeronautics and Space Administration. 2020年4月2日閲覧
  3. ^ CA patent 1079182, Nelson Chan, "Cable-cutting device", published 10 June 1980, assigned to Canada Minister of National Defence 
  4. ^ US patent 4215833, Nelson Chan, "Cable-cutting device", published 5 August 1980, assigned to Canada Minister of National Defence 
  5. ^ a b Burrows, LeRoy T. (November 1982). Verification Testing of a UH-1 Wire Strike Protection System (WSPS) (PDF) (Report). US Army AVRADCOM. 2020年4月2日閲覧
  6. ^ a b c Burrows, LeRoy T. (December 1982). Verification Testing of an AH-1S Wire Strike Protection System (WSPS) (PDF) (Report). United States Army Aviation and Missile Command (AVRADCOM). 2020年4月2日閲覧
  7. ^ a b c d e Nagaraj, Vengalattore T.; Chopra, Inderjit (September 2018). Safety Study of Wire Strike Devices Installed on Civil and Military Helicopters (PDF) (Report). Air Traffic Organization, Operations Planning Office of Aviation Research and Development, Federal Aviation Administration, United States Department of Transportation. 2020年4月2日閲覧
  8. ^ Wire Strike Protection System™”. Magellan Aerospace. 2020年4月2日閲覧。
  9. ^ Cable Cutters”. DART Aerospace. 2020年4月2日閲覧。
  10. ^ US patent 4407467, Charles F. Emigh & Morris Goldin, "Tactical wire-cutter system for helicopters", published 4 October 1983, assigned to McDonnell Douglas Helicopter Co 
  11. ^ US patent 4826103, James M. McKown, "Active cable-cutting assembly for aircraft", published 2 May 1989, assigned to Custom Air Inc. 
  12. ^ FR patent 2935956, Gerald Claeys, "Dispositif sectionneur de cables", published 2 May 1989, assigned to Airbus Helicopters SAS 
  13. ^ FR patent 2982844, Marc Denante & Lacroix Pierre Prudhomme, "Dispositif sectionneur de cables, et aeronef", published 14 March 2014, assigned to Airbus Helicopters SAS 
  14. ^ US patennt 9725165, Michael Smith; Chen-Ho Tho & Anand Kumar Marimuthu, "Cable cutter system", published 8 August 2017, assigned to Bell Helicopter Textron Inc. 
  15. ^ US patent 5286170, William W. Brannon, "Helicopter wire strike cutter", published 15 February 1994 

外部リンク[編集]