レイシャル・プロファイリング

レイシャル・プロファイリングをやめてと訴えるサイレント・マーチ

レイシャル・プロファイリング (racial profiling) とは、警察官保安官といった法の執行者が特定の人種や肌の色、民族、宗教、国籍、言語といった属性にもとづいて個人を捜査の対象とすること。アメリカ合衆国では警察が故意にアフリカ系アメリカ人およびその他の有色民族を調査対象に絞って差別的な捜査を行っているのではないかと問題視されてきた。レイシャルプロファインリングは合衆国憲法に抵触するとされ、人種差別の観点から批判の声があがっている。

警察はドライバーや通行人を不審人物とみなした場合、ストップ・アンド・フリスク (stop and frisk) という所持品検査や職務質問などを行っている。特に若い黒人男性がその対象となることが多く、走行中に停車させられ、あるいは公の場で突然尋問や身体検査が行われることもある。また警察によって不必要に暴力を受けたり殺害されたりするケースが多く報告されている。一方で、捜査は妥当なものであるという主張もなされている。

ストップ・アンド・フリスク (Stop-And-Frisk)[編集]

ニューヨーク市警察が2009年に発表したデータによると、警察が市民を引き留め身体調査 (ストップ・アンド・フリスク) した575,000人の歩行者のうち、黒人は市の人口の23パーセントにすぎないにも関わず、55%のアフリカ系アメリカ人が対象になっており一方で人口の35%を占めている白人系は、10%しか調査対象になっていなかった[1]

違法薬物の使用に関する全国調査では、使用する割合は白人もアフリカ系も同程度だったが、2018年度には、黒人10万人あたり約750人が薬物関連で逮捕されているのに対し、白人系は10万人あたり350人だった[2]

アフリカン・アメリカン・スタディーズの第一人者でありハーバード大学のヘンリー・ルイス・ゲイツ教授は、自分の家の鍵が壊れていたために苦心してドアを開けようとした際に警察に通報され逮捕された。このことはゲイツの友人でもある時の大統領バラク・オバマを巻き込んで大きな社会的議論となった。

そして最後に、この事件とは別に切り離してみても、私たちが認識していると考えていることのひとつとして、この国には、警察によって、アフリカ系アメリカ人とラティーノの人たちが不自然に多くひきとめられてきた長い歴史がある、ということだ。それは事実としてある。 — Barack Obama

しかしこのオバマの発言は警察との関係悪化を招き、また支持率にネガティブな影響を与えた。

2018年、オバマ政権のホワイトハウスの元スタッフであったダレン・マーティンはアパート引っ越しの日に隣人から「武装した黒人の強盗」と通報され、6人ほどの武装警官に囲まれた。なぜ武装していると認識したのか理由はわからないが、一歩間違えれば命の危険があった[3]

2018年10月7日、米南部ジョージア州アトランタで黒人男性のコーリー・ルイスが白人の子供の面倒を見ながら買い物をしていたところ、警察に通報されて子供たちの前で職務質問された[4]。この事件で#BabysittingWhileBlack (黒人でベビーシッター) の怒りのツイートが続出した。

2018年04月16日、米コーヒー・チェーン大手スターバックスは、フィラデルフィアの店舗で友人を待っていただけの黒人2人が店長に店から出るよう言われ、拒否して逮捕された件について謝罪した[5]

走行中の黒人 (Driving While Black)[編集]

しばしば問題とされているのは、交通法の明白な違反ではなく、ただ運転者が黒人あるいは有色人種であるということのために、運転手が警察官によって停止されるというケースが非常に多いと報告されている。いわゆる、飲酒運転 (driving while intoxicated: DWI) をもじり、冷笑的に、走行中の黒人 (driving while black: DWB) ともいわれる、走行中のアフリカ系アメリカ人をターゲットにした捜査。

多くの有名なアフリカ系アメリカ人もまた、運転中に何らかのプロファイリングが疑われる経験をしたことを公表している。

著名な天体物理学者でアメリカ自然史博物館ヘイデン・プラネタリウム館長をつとめるニール・ドグラース・タイソンは、何度も警察によって車を路肩によせられたときの警察の曖昧な理由と、多くのアフリカ系アメリカ人物理学者が同様な経験をしていることを示し、こう語っている[6][7]

我々は DWI (飲酒運転: driving while intoxicated)ではなく、私たちの誰もどこに記載されているのかもわからない違反で有罪とされているのだ。つまり DWB (運転中の黒人: driving while black)、 WWB (歩行中の黒人: walking while black)、そして無論、JBB (ただ単に黒人であること: just being black) というだけの理由で。 — ニール・ドグラース・タイソン、「私の皮膚の色に関する所見」

ブラック・ライヴス・マター (Black Lives Matter)[編集]

アフリカ系アメリカ人だけではないプロファイリング[編集]

2001年、アメリカ同時多発テロ発生当時、当時ブッシュ政権内で運輸長官を務めたノーマン・ミネタは、9月21日にすべてのアメリカの航空会社にむけて、中東出身者やイスラム教徒を対象にした如何なるレイシャル・プロファイリングも禁止する異例の通知をだした。後にこの時のことを彼自身の太平洋戦争時の日系人強制収容所の経験にたち、憲法的で正しい判断だったと語っている[8][9]

2020年2月、新型コロナウイルス外国人嫌悪を伴って世界中に拡散する中、各地のアジア系社会への偏見が煽られている。オーストラリア緊急医療大学(ACEM)は、「誤情報」によってレイシャルプロファイリングがあおられていると指摘している[10]

米テキサス州在住のムスリム(イスラム教徒)男性2人が、自宅に戻るため搭乗したアメリカン航空の国内線の機内で、自分たちの人種や宗教をもとに不審者扱いするレイシャル・プロファイリングを受けたとし、調査を求めている[11]

日本におけるレイシャル・プロファイリング[編集]

日本の警察では経験則に基づいたレイシャル・プロファイリングを行っている疑いがある。警察官の対応は暴力や罵倒を伴わず丁寧な物腰ではあるが、長時間公衆の面前で複数人によって引き留める行為(警察官は常に2人一組で行動する)が対象者を犯罪者予備軍視し、尊厳を傷つけているという指摘がある[12][13]

2021年1月下旬、バハマ人と日本人混血男性が東京駅構内でスマートフォンを操作しているときに警察官から「警察官を気にしていた」という理由で職務質問を受け、「ドレッドヘアーの人物が薬物を所持している可能性が多い」という経験則を元に所持品検査を受けた[13]。警察官の対応が不適切だと感じた男性は、日本の反人種差別団体「Japan for Black Lives」にその様子を撮影した動画を提供[13]。同団体がSNSに投稿した動画は拡散され、日本国外のメディアにも取り上げられた[14][15]京都大学教授の竹沢泰子は外見を元にした職務質問はレイシャル・プロファイリングに該当するとしており、弁護士の針ケ谷健志は職務質問の根拠となる警察官職務執行法に反する手法であり、違法な対応であると指摘している。警察庁では挙動の不審さから職務質問に及んだもので違法では無いとしている[13]

2021年12月6日在日米国大使館は「レイシャル・プロファイリングが疑われる事案で、外国人が日本の警察から職務質問を受けたという報告があった。数名が拘束され、職務質問や所持品検査をされている」として在日アメリカ人に対し、拘束されたとき領事館への連絡を要請するように呼びかけた[16]。在日外国人から職務質問の対象とされているとの訴えはあったが、これまで大使館が反応していなかったことについて、大使館員が職務質問の対象となった可能性が指摘されている[12]

2022年10月には、ナイジェリア人と日本人のダブルルーツ(国籍は日本)の20代の男性が、ドレッドヘアに浅黒い肌というだけで、中学生の頃から30回もの職務質問を受けた体験談を語っている。彼によれば、本人確認書類によって日本国籍と分かった瞬間、警察官は態度が一転して丁寧になったという[17]

脚注[編集]

  1. ^ Donald, Heather Mac (2010年6月25日). “Opinion | Fighting Crime Where the Criminals Are” (英語). The New York Times. ISSN 0362-4331. https://www.nytimes.com/2010/06/26/opinion/26macdonald.html 2020年2月16日閲覧。 
  2. ^ 【解説】 なぜアメリカで大勢が怒っているのか 人種に関する3つのデータ」『BBCニュース』。2020年8月26日閲覧。
  3. ^ CNN, Holly Yan. “This is why everyday racial profiling is so dangerous”. CNN. 2020年2月16日閲覧。
  4. ^ 米南部で「黒人男性がベビーシッター」は不審と通報」『BBCニュース』、2018年10月11日。2020年2月16日閲覧。
  5. ^ 米スタバ謝罪、友人を待っていた黒人男性逮捕 人種差別の批判受け」『BBCニュース』、2018年4月16日。2020年2月16日閲覧。
  6. ^ Tyson, Neil deGrasse (2004). The Sky Is Not the Limit: Adventures of an Urban Astrophysicist. Amherst, New York: Prometheus Books. pp. Chapter 4. ISBN 978-1591021889.
  7. ^ Reflections on the Color of My Skin - Neil deGrasse Tyson”. www.haydenplanetarium.org. 2020年12月26日閲覧。
  8. ^ (英語) 「レイシャル・プロファイリング(人種的外見に頼って判断する行為) の禁止」 (英語), http://www.discovernikkei.org/ja/interviews/clips/1219/ 2020年12月26日閲覧。 
  9. ^ 渡辺謙が1年以上をかけ自ら取材!ドキュメンタリー「“9.11テロ”に立ち向かった日系人」放送決定!|シネマトゥデイ”. シネマトゥデイ. 2020年12月26日閲覧。
  10. ^ 新型ウイルスで拡散するアジア人嫌悪、繰り返される差別の歴史”. www.afpbb.com. 2020年2月16日閲覧。
  11. ^ アメリカン航空、トイレを2回流したムスリム男性を「不審者扱い」 FBIが尋問も」『BBCニュース』、2019年9月26日。2020年2月16日閲覧。
  12. ^ a b バイエ・マクニール. “アメリカ大使館が異例の警告「日本の警察」の疑い 多くの在日外国人が感じている「不当な扱い」”. 東洋経済. 2022年8月25日閲覧。
  13. ^ a b c d 國崎万智 (2021年2月14日). “「ドレッドヘアーは薬物持つ人多い」ミックスの男性への職質、「差別的で違法」と波紋”. ハフポスト日本版. BuzzFeed Japan株式会社. 2021年12月6日閲覧。
  14. ^ Montgomery, Hanako (2021年2月16日). “What It’s Like Being Black, Japanese, and Constantly Stopped By Police For No Reason”. VICE World News. VICE Media Group. 2021年12月6日閲覧。
  15. ^ Mas, Liselotte (2021年2月5日). “Video: Japanese policeman admits to searching Black man because of his dreadlocks”. The Observers. France 24. 2021年12月6日閲覧。
  16. ^ 坪池順 (2021年12月6日). “アメリカ大使館、日本警察の「レイシャル・プロファイリングの疑い」で異例の警告ツイート。「拘束されたら連絡を」”. ハフポスト日本版. BuzzFeed Japan株式会社. 2021年12月6日閲覧。
  17. ^ 職務質問30回 身に覚えはないのに…NHK 2022年10月7日

関連項目[編集]

参考文献[編集]