マーガレット・ベケット

マーガレット・ベケット
Margaret Mary Beckett
生年月日 (1943-01-15) 1943年1月15日(81歳)
出生地 イギリスの旗 イギリスランカシャー
出身校 マンチェスター工科大学
所属政党 労働党

内閣 第3次トニー・ブレア改造内閣
在任期間 2006年5月5日 - 2007年6月28日

環境・食料および農村大臣
内閣 第2次トニー・ブレア内閣
在任期間 2001年6月8日 - 2006年5月5日

内閣 第1次トニー・ブレア内閣
在任期間 1998年7月27日 - 2001年6月8日

貿易および産業大臣
商務院総裁
内閣 第1次トニー・ブレア内閣
在任期間 1997年5月2日 - 1998年7月27日

影の首相
在任期間 1994年5月12日 - 1994年7月21日
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マーガレット・ベケットMargaret Mary Beckett, 旧姓Margaret Mary Jackson, 1943年1月5日 - )は、イギリス政治家労働党所属の庶民院議員(11期)。外務・英連邦大臣(第14代)、環境・食料・地方問題担当国務大臣(初代)、庶民院院内総務(第83代)を歴任した。

来歴[編集]

マーガレット・ジャクソンは1943年にイングランドのアシュトン・アンダー・ラインにおいて、大工の父の娘として生まれた。母はアイルランド出身のカトリック教徒であった。姉妹は後に修道女となっている。マーガレットはノートル・ダム高校(ノリッジ)において教育を受け、マンチェスター科学技術大学において金属工学を専攻した。後にマンチェスター・メトロポリタン大学にも在籍している。

1961年にジャクソンはアソシエイテッド・エレクトリカル・インダストリーズに学生見習いとして入社した。1964年には運輸および一般労働者同盟に加盟し、それから40年にわたり構成員として登録している。1966年には会社を退社し、マンチェスター大学の実験助手として就職した。1970年に労働党の工業問題担当職員として働き始めた。

1973年に彼女はリンカン選挙区の労働党候補に選出された。元労働党候補を相手にした1974年2月の総選挙においては1200差で敗北している。選挙後はジュディス・ハートの助手として勤務したが、ハロルド・ウィルソンが再度の選挙を設定したため、行われた同年10月の総選挙においては420票差で勝利を収めた。

選挙の直後に、彼女はジュディス・ハートの政務秘書官に任命された。1975年にはハロルド・ウィルソン首相により院内幹事に就任し、さらに1976年にはジェームズ・キャラハンにより、歳出削減に反対して辞任したジョーン・レスター教育科学庁政務次官の後任に任命された。しかし1979年の総選挙で落選し、辞任した。勝利したのは保守党候補のケネス・カーライルで、602票の僅差であり、リンカン選挙区では1935年以来の保守党の勝利であった。

2022年3月26日、次期総選挙に立候補せず引退することを表明した。

外交[編集]

外相就任中の2007年5月に日本の麻生太郎外務大臣と会談を行なった。

外部リンク[編集]

議会
先代
ディック・ターバン
リンカン選挙区選出
1974年 - 1979年
次代
ケネス・カーライル
先代
ウォルター・ジョンソン
南ダービー選挙区選出
1983年 -
次代
現職
党職
先代
ロイ・ハタズリー
労働党副党首
1992年 - 1994年
次代
ジョン・プレスコット
先代
ジョン・スミス
労働党党首
1994年(前党首の急死による臨時党首)
次代
トニー・ブレア
公職
先代
ジョン・スミス
影の首相
1994年
次代
トニー・ブレア
先代
イアン・ラング
貿易および産業大臣
1997年 - 1998年
次代
ピーター・マンデルソン
商務院総裁
1997年 - 1998年
先代
アン・テイラー
枢密院議長
1998年 - 2001年
次代
ロビン・クック
庶民院院内総務
1998年 - 2001年
先代
アン・テイラー
環境・食料および農村大臣
2001年 - 2006年
次代
デイヴィッド・ミリバンド
先代
ジャック・ストロー
外務および英連邦大臣
2006年 - 2007年
先代
ポール・マーフィー
情報・安全保障委員会委員長
2008年
次代
キム・ハウエルズ
先代
キャロライン・フリント
住宅担当国務大臣
2008年 - 2009年
次代
ジョン・ヒーリー