カオス (力学系)

力学系におけるカオス(英語: chaos)とは、決定論的な法則にしたがうにもかかわらず、不規則的で複雑な様相を示す軌道である[1]。特に決定論的カオス(英語: deterministic chaos)という名でも呼ばれる[2]

カオスの本質的特徴の一つが、微小な差異が将来的に巨大な差異に成長する点にある[3]。このことはカオス特有の予測不可能性を生み、バタフライ効果という言葉でも知られる[3]

カオスは非線形な現象で、線形な系で生じることはない[4]。カオスの最初期の発見は、アンリ・ポアンカレによって三体問題の研究の中で生まれた[5]。散逸系におけるカオスはストレンジアトラクターとして存在する[6]ローレンツ方程式で発生する蝶のような形をしたアトラクターは、おそらく世界でもっとも有名なストレンジアトラクターである[7]

性質[編集]

非線形性[編集]

力学系には大きく分けて線形な系と非線形な系が存在するが、線形な系ではカオスは発生しえない[8]。カオスが生起されるためには、その系が何らかの非線形性を持つ必要がある[9]

非周期性[編集]

カオスは、固定点にも周期的軌道にも準周期軌道にも漸近しない、非周期的な軌道を取る[10]

初期値鋭敏性[編集]

距離空間上の写像 f : XX について、ある δ > 0 が存在し、任意の xXε > 0 に対して、d(f (x), f (y)) < ε かつ d(f n(x), f n(y)) > δ を満たす yX と自然数 n が存在するとき、f は初期値鋭敏性を持つという[11]

拡大性[編集]

初期値鋭敏性よりも強い性質として拡大性の概念がある[12]。距離空間上の写像 f : XX が、任意の相異なる x, yX に対し、ある δ >0 があって、d(f n(x), f n(y)) > δ を満たす n が存在するとき、f は拡大的であるという[13]

位相推移性[編集]

ある連続写像 f : XXX 上で稠密な軌道を持つとき、f は位相推移的であるという。また、同値な表現だが、空ではない任意の開集合 U, VXf n(U) ∩ V ≠ ∅ となるようなある n > 1 が存在するとき、f は位相推移的であるという[14]

位相混合性[編集]

位相推移性よりも強い性質として位相混合性がある[14]。ある自然数 N が存在し、すべての n > N について、空ではない任意の開集合 U, VXf n(U) ∩ V ≠ ∅ となるとき、f は位相混合的であるという[15]。力学系が位相混合的ならば、明らかに同時に位相推移的でもある[15]

有界性・コンパクト性[編集]

望ましくない例を排除するために、軌道あるいは系が定義される空間が有界あるいはコンパクトあることがカオスの定義に含まれると望ましい[16]。望ましくない例というのは ·x = axxaxa は正の定数)のような系のことで、このような系では初期値鋭敏性と位相推移性を満たすものの軌道は指数関数的に単調増加するだけなので、カオスに含めるには不適当である[16]

出典[編集]

  1. ^ 香田 1990, p. 1.
  2. ^ 井上・秦 1999, p. 1.
  3. ^ a b 丹羽 1999, p. 141.
  4. ^ 井上・秦 1999, pp. 6, 8.
  5. ^ 合原 1993, pp. 51–57.
  6. ^ 小室・松本・CHUA 1990, p. 21.
  7. ^ 合原 1993, p. 80.
  8. ^ 井上 1996, p. 54.
  9. ^ 合原・黒崎・高橋 1999, p. 14; 井上 1996, p. 56.
  10. ^ Strogatz 2015, p. 352.
  11. ^ 千葉 2021, p. 229.
  12. ^ 青木 1996, p. 22.
  13. ^ 久保・矢野 2018, p. 72.
  14. ^ a b 千葉 2021, p. 228.
  15. ^ a b 青木・白岩 2007, p. 130.
  16. ^ a b 松葉 2011, p. 432; 船越 2008, pp. 12–14.

参照文献[編集]

  • 合原 一幸(編)、1990、『カオス ―カオス理論の基礎と応用』初版、サイエンス社〈Information & Computing 49〉 ISBN 4-7819-0592-7
    • 香田 徹「カオス概論」
    • 小室 元政・松本 隆・CHUA, Leon O.「カオスを電子回路でとらえる」
  • 井上 政義・秦 浩起、1999、『カオス科学の基礎と展開 ―複雑系の理解に向けて』初版、共立出版 ISBN 4-320-03323-X
  • 丹羽 敏雄、1999、『数学は世界を解明できるか ―カオスと予定調和』再版、中央公論新社〈中公新書〉 ISBN 4-12-101475-8
  • 合原 一幸、1993、『カオス ―まったく新しい創造の波』、講談社 ISBN 4-06-206287-9
  • 千葉 逸人、2021、『解くための微分方程式と力学系理論』初版、現代数学社 ISBN 978-4-7687-0570-4
  • 青木 統夫・白岩 謙一、2013、『力学系とエントロピー』復刊、共立出版 ISBN 978-4-320-11043-4
  • 青木 統夫、1996、『力学系・カオス ―非線形現象の幾何学的構成』初版、共立出版 ISBN 4-320-03340-X
  • 久保 泉・矢野 公一、2018、『力学系』オンデマンド版、岩波書店 ISBN 978-4-00-730742-3
  • 松葉 育雄、2011、『力学系カオス』第1版、森北出版 ISBN 978-4-627-15451-3
  • 船越 満明、2008、『カオス』初版、朝倉書店〈シリーズ 非線形科学入門3〉 ISBN 978-4-254-11613-7
  • 井上 政義、1996、『やさしくわかるカオスと複雑系の科学』初版、日本実業出版社 ISBN 4-53402492-4
  • 合原 一幸・黒崎 政男・高橋 純、1999、『哲学者クロサキと工学者アイハラの神はカオスに宿りたもう』初版、アスキー ISBN 4-7561-3133-6
  • Steven H. Strogatz、田中 久陽・中尾 裕也・千葉 逸人(訳)、2015、『ストロガッツ 非線形ダイナミクスとカオス ―数学的基礎から物理・生物・化学・工学への応用まで』、丸善出版 ISBN 978-4-621-08580-6

外部リンク[編集]